達成感?

園庭の門の横に立つサルスベリの花が、今年も開きはじめました。
毎年の台風の度に、斜めに傾いてしまったこの木を
まっすぐにしてあげたい、と思い3月に施した工事。
ちゃんと花を咲かせてくれるか、ちょっと心配していましたが、
計画通り、まっすぐと立ち、ピンクの美しい花を咲かせています。

3月のフェンスの工事のために、殺風景になってしまった園庭の端に
もう一度緑のフェンスを作ろうと計画して植えたアイビーは、
なぜか育たなかったのですが、
思いつきでまいた朝顔の種からどんどんつるが伸びて
ピンクや紫の花を咲かせてくれています。

そして、これまた斜めになりながらも、力強く根を張り、
こどもたちが大好きな木登りの場所になってきたニセアカシヤの木に、
今まさに、植木屋さんが手を施してくださっています。
この木もこれから何年も何年もこどもたちと一緒に
ここで成長してくれることを願い、
植木屋さんたちと一緒に計画を練りました。


さて、善隣幼稚園の1学期も、ついに終わりました。
「こうなったらいいな!」「これが課題だからこうしよう!」・・・・
そんな『願い』を随所に込めて、一日一日を送ってきました。
サルスベリがきれいに咲いたのも、
フェンスが朝顔のつるで緑に覆われたことも、
わたしたちが計画し、実行したことの結果でしょう。
でも、もっともっと多くのことが、
わたしたちの計画にはなかったことです。
そして、想定外であったことの中にこそ、
奇跡ともおもえるような、すばらしすぎる結果が与えられています。
だから、わたしたちの手ではなく、もっともっと大きな御手の中で、
すべてが最善へと創りかえられているとしか思えません。

昔、教育のねらいとして、『達成感を味わう』という表現を
よく使っていたことを思い出しました。
でも、今園長として、日々味わっている喜びは、これではないのは確かです。
『達成感』という言葉を忘れてしまっていた程、
驚きにあふれた喜びを味わわせてもらっています。


今年も年長組の計画のもと、『お泊り旅行』に行ってきました。
長い時間をかけ、話し合い、準備をし、保護者の方々にも協力をいただき、
こどもたちの主体的な活動を引き出しながら進めてきました。
でも、最終的には大切なこどもたちをお預かりして出かけなければならないのですから、
大抵毎年、その責任に押しつぶされそうになり、
前日には、「どうしてお泊り行くかなあ・・・・・やめたいなあ・・・」と、
ひとりつぶやいてしまう弱気な園長です。
だからこそ、きっと神さまが最善をなしてくださる!!
と、信じ祈りつつ、一歩を踏み出していくしかありませんでした。
ここまで勇気を奮い立たせながら、準備してきたこどもたちの力を信じ、
ここまで園を信頼して、ともに歩んでくださった保護者の方々に感謝し、
ここまで苦労を共にして、一緒に準備してきた先生たちに感謝して。

そして、今年も素晴らしいお泊り旅行を全員で経験することができました。
すべてを終えて幼稚園に帰ってきて感じたのは、
『達成感』というような、偉そうなものではありませんでした。
それは、『驚き』と『感謝』。


植木屋さんは、あのニセアカシヤの木にまたがり、
考えながら、枝を落としておられます。
この木がこれからもこどもたちと一緒に生かされて欲しい、
という園長のねがいをかなえるために。
もしかするとそれは、計画通りにはいかないかもしれませんが、
きっと、わたしたちの思いを越えた素晴らしい物語を紡いでいくことでしょう。
それをわたしは信じます。




[ 2016/07/28 11:04 ] 保育 | TB(-) | CM(-)

いつもかくしてくれてありがとう

年少もも組のゆめちゃんが、登園するなりお手紙を手渡してくれました。
『なおこせんせい いつもかくしてくれてありがとう』
お母さんは、?でしたが、わたしはなるほど、と思い
とってもうれしかったのです。

実は、ゆめちゃんとはなちゃんには、2日前から続けている遊びがありました。
園長宅前の黒い土と草をシャベルですくっては、バケツに入れ、
そこに水を注いで混ぜ、お料理をする、という遊びです。
黙々と二人で遊んでは、片づけの時間がやってくるので不機嫌に・・・・
そこでわたしが、「かくしとく?」・・・・・「うん!!」ということになったわけです。
園長宅の裏の柵をおもむろに開けて、よいしょ!と置いてあげたら大満足。
次の日もその遊びを続けていました。
それがうれしくて、あの手紙を登園する前に書いたのでしょう。

こどもは毎日遊ぶことによって、一人ひとりが特別な物語を綴ります。
それは、家庭でも幼稚園でも同じです。
でも、ともすると幼稚園という集団生活では、
みんな一斉にルールに従って遊び、ルールに従って片づける、といったような
型にはめることが大切になってしまいます。
でも、それではちっともおもしくありません。
「片づけなんだけど、かたづけたくない・・だって明日もつづけたいんだもん
・・・さて、どうしよう・・・・????」
これが大切だと思うんです。
ルールを乗り越えてでもやってみたい理由があるのなら、
考えて、工夫して、乗り越えればいいと思うんです。

ゆめちゃんとはなちゃんは、3日目のお料理作りをせっせと楽しんでいました。
こんな風に、続けたくなる魅力的なあそびをどんどん繰り広げて欲しいです。
[ 2016/05/28 20:58 ] 保育 | TB(-) | CM(-)

古くて新しい幼稚園

新学期を迎えて丁度一か月。
新しい学年に上がった人。新しく幼稚園に入った人。
新しいことに向き合う期待感と誇らしさは、こどもの中にもエネルギーを生み出して、
急に、できなかったことができるようになったり、
ちょっと無理をしたりします。
一方、素直に戸惑いを感じる人は、よく泣きました。

でも、こどもの心は、日々新しくうまれかわる皮膚のように、
一つひとつの経験を重ねる度に、強く美しく成長していくように思います。
おとなの古くなった硬い心にやすりをかけるようにして、
心の目を研ぎ澄まし、こどもたちのあそびっぷりやおしゃべりに注目しなければ、
こどもの心の成長には追い付けません。
今は泣いてばかりいたとしても、落ち着きがないとしても、
それ自体が悪いわけではありません。
一つひとつの経験がどんどんこどもを創りかえるので、
戸惑えば戸惑うほど成長は大きいと思います。

さて、善隣は今年65周年を迎えます。
ですから、園庭の木々は、65歳以上の大木ばかりで、
年年、枝ぶりは大きくなり、緑色の葉っぱは心地いい木陰を作ってくれています。
また、宿根の植物もどんどん大きくなり、虫もたくさん集まるようになりました。
ところが、実はこの春休みに、隣の敷地との境のフェンスを作り替えたため、
フェンス沿いの植物は、全部掘り返されてしまいました。
工事の後、少しずつお花や植物を植え始めてはいるものの、
寂しい園庭になってしまいました。
でも、考えようによっては、これから新しい園庭を造ることができる、ということです。
時間をかけて、これからのこどもたちのための園庭を育てていきたいと思います。






[ 2016/05/08 18:47 ] 保育 | TB(-) | CM(-)

どこまでも どこまでも

今年も、あのかわいい『我が子』たちに修了証書を渡す日を迎えました。
子育ては終わりがないけれど、幼稚園には必ず終わりが来るのです。

「そつえんするのいやだな。」
「ばらぐみ、つくってよ。」
そんな駄々をこねながら、最後の日々を惜しむように過ごしたこどもたちも、
卒園式を迎えると、自信に満ち、堂々とした笑顔で、
わたしから修了証書を受け取ったのでした。

この幼稚園での最後の日を終えるまで、
担任を初めとして、わたしたち『チーム善隣』は、
こどもたちの限界を決めることなく、
どこまでも、どこまでも、一人ひとりに伸びて欲しい、と思って寄り添ってきました。
その醍醐味をこどもたちと一緒に味わえたのは、
『サンドイッチパーティー』と称した『おわかれ会』で、
「『ビリーブ』をがっそうしたい!!てっきんともっきんをひきたい!!」
と、こどもたちが決めた日からでした。
それは、本番の2週間前でした。
そして、卒園の3週間前。
普通なら、もうそんなに新しいことに力を入れるよりも、
いろんなことを楽しむ時間をたっぷり持つ方がいいんだから、
あんまり練習しないでできることをやろうよ・・・・・
そうこどもたちにすすめても不思議はないと思うのです。
でも、あみ先生は違いました。
「わかった。じゃあ、なおこせんせいにおしえてもらおう。」
そう言って、こどもたちのやる気をそのまま受け止め、
一緒に、新しいことに挑戦を始めたのです。

わたしも喜んで、こどもたちが決めた楽器の編成に合わせて楽譜を書き、
そこにちょっとスパイスを、と大太鼓とレインスティックを加えてみたりして、
早速練習が始まりました。
鉄琴を選んだこうやん。
大好きなドッチボールを返上してでも、自由遊びの時間も練習していました。
木琴を選んだゆいちゃん。
思うようにバチを使ってたたけなくて、悔し涙をながしながらも、
お家でも幼稚園でも何度も弾いていました。
こうして、ひまわり組から毎日響いてくる誰かの弾く『ビリーブ』は、
みんなでみつけた『のめり込むあそび』になっていったのです。
すずもトライアングルもカスタネットも大太鼓もレインスティックも、
自分が選んだ楽器を楽しく、堂々と、
そして、お互いの音色を聴き合いながら、
みんなでひとつの曲を作り上げていきました。

結局、この取り組みはサンドイッチパーティーに留まらず、
お母さんたちを招待してのコンサートにまで発展しました。

こどもたちの限界を決めず、時間の制限を作らず、
どこまでも、どこまでもこどもたちのやりたいことを尊重することが、
こどもたちの成長をこれほどまでも育むことになる、
ということを目の当たりにすることができました。

卒園することを本当に名残惜しまれるお母さんたちと共に、
こどもたちの未来は、どこまでも、どこまでも明るく広がっていることを確信して、
こどもたちによって励まされた3月でした。
[ 2016/03/18 21:31 ] 保育 | TB(-) | CM(-)

つくってこわして

今年度2回目の保育参観がありました。
その感想を母の会の役員会でお聞きしたところ、
「箱積み木で一生懸命につくったお家で遊んだあと、
『こわさないでね』と紙に書いて貼ってるんですよね。
でも、ホールを使わなきゃいけなくなったら、あっさりと壊してるんです。
すごいなあ、と思って・・・・・
わたしだったら、大切なものをあんなに簡単に壊せないなあ、と思って・・・・
こどもはすごい、と思いました。」
そんなことを言ってくださったお母さんがおられました。

そうです。
熱中して一生懸命に作って遊んだ愛着のあるものでも、
こどもたちは、時が来たら作り替えたり、壊されて作り直したりを繰り返しています。
その姿は、愛着のあるものを手放すことの苦手なわたしたち大人から見ると、
驚きに映ります。

2週間前から、はぎれやひもを好きに使って『へんしんごっこ』なるものが続いています。
忍者や天使やマリヤやお姫様に思い思いに変身してあそんでいます。
そこから、階段を舞台に見立てて『ページェントごっこ』が始まったり、
大きな段ボールをつなげて作った『隠れ家ごっこ』につながったりして、
わたしが『へんしんごっこのぬの』と張り紙をしたケースは、今も活躍しています。
1週間前からは、段ボールを長くつなげた『おばけやしきごっこ』も続いています。
スズランテープを張り付けて水が流れてくる仕掛けにしたり、
新聞紙や色画用紙をちぎって、葉っぱが頭の上から降ってくるしかけにしたりと、
次から次へと浮かんでくるアイディアを形にするのに、忙しそうにこどもたちは遊んでいます。

これらの遊びはすべて、壊そうと思えば簡単に壊すことのできるような材料だからこそ、
壊れたら、またもっとおもしろいアイディアを思いついて、直したり、作り替えたりしながら、
いつまでも、そしてだんだんともっと多くの友達がおもしろがって遊べていっているのだと思います。
そして、その根底には、壊れたらまた作ればいい、やりなおせばいい・・・・・・
という確信があるのだと思います。

可塑性のあるおもちゃがこどもの想像力や創造する力を育てますが、
壊れても、失敗しても大丈夫!やりなおせる!
という信頼感やこころの優しさやたくましさまでも育ててくれるのか、
と、気づかせてもらいます。


[ 2016/02/06 14:51 ] 保育 | TB(-) | CM(-)

ゆきみずちゃん

雪が降りました。
こどもたち、待望の雪です。
足元が悪いので、登園時間は自由にしましたが、
雪の一日を共に味わいたい、と思いお休みにはしませんでした。
案の定、事情の許される人たちは雪遊びに備えた服装で、
張り切って登園してきました。

お弁当の後、少し雨は降っていましたが、
長靴にレインコートを羽織って、いざ園庭へ!
みぞれのような雪は、おとなにとっては冷たくやっかいな『かたまり』でしかないのですが、
こどもたちは、目を輝かせて遊び始めました。
雪をお部屋の前に運んで、雪だるまを作りました。
ところが、からだの部分を作っていると、
「みずをかけて!」と、れおなくん。
「え?!みずをかけたらとけるでしょ?」と、わたし。
「ううん、ちがうよ、かたまるんだよ。」
そして、バケツに水を汲んでは、せっせとかけたのでした。
すると、水は雪の中に吸い込まれていき、
表面が固まっていきました。
「ほんとだ・・・」
わたしもほかのこどもたちも感心しながら雪だるまをつくり続けました。
「はなはにんじんにしよう。」
「わかった。」と、家の冷蔵庫から持ってきてあげた人参の先で顔に穴を開け、
立派な鼻を作ったみおちゃん。
目は黒い炭で、口は葉っぱで作りました。
このかわいい雪だるまの名前は、『ゆきみずちゃん』。
「なおこせんせい、よるもみずをかけておいてね。そだてるから。」
「わかった。あしたは、れおなくんがかけてね。」
「うん。」
こうして、『ゆきみずちゃん』は、さくらぐみのお部屋の前で、大切に育てられることになりました。
その間に手のひらに乗る雪だるまの赤ちゃんを作ったのはここちゃん。
もうすぐ生まれてくる赤ちゃんのことを思ってだったのかもしれません。

しばらくすると、ひまわり組が、
「ゆきがっせんしよう!!」と、出てきました。
こどもたちの好奇心とパワーには脱帽です。
幼稚園は、そのパワーが集まるところなので、
一人ひとりの限界は、いつの間にかとっぱらわれていきます。


[ 2016/01/18 22:33 ] 保育 | TB(-) | CM(-)

みんなのエネルギーがあつまれば!!

念願だった広い空の下、広い校庭での運動会が実現しました!
何しろ、今年は行事といえば『雨』だったので、
その度に、かみさまはわたしたちを試しておられるのかしら・・・・
それほどわたしたちに期待して、祝福を与えようとしておられるのよね!
と、前むきに捕らえようと努めてきたのです。
でも、やっぱり運動会は広い校庭でこどもたちに経験させてあげたい!
と、切なる願いをもって準備してきました。

そして、玉堤小学校の校庭で、こどもたちを多くのご家族や地域の方々と共に囲んで、
楽しく運動会をすることができました。
今年は、テーマの『みんなのエネルギーがあつまれば!!』に、
こだわればこだわるほどにメッセージが伝わるだろうと、
わたしたち『チーム善隣』は、テーマにつながるオリジナルの競技や、
それに合った手作りの小道具などを
こどもたちと一緒に楽しみながら作っていきました。
結果、ことのほか準備に時間をかけてしまったのですが、
それによって、こどもたちはもちろん、参加してくださった方々が喜んでくださり、
『みんなのエネルギーがあつまる』ことは、すばらしいことなのだ、
ということを感じてくださることができたのであれば、うれしいです。

最後の競技、ひまわりぐみのリレーは、案の定、とても白熱したのですが、
走り終わり、勝負がついた後、こどもたちはとてもすがすがしい表情をしていました。
幼稚園で走った時は、勝ち負けにこだわり、負けたチームはとても悔しそうだったのに、
運動会では、あの長いコースをみんな精一杯走りきったのですから、
互いを認め合う満足感を味わっていたのかな、と思います。
でも、「もう一回やりたい!」と、もらしていたそう。
代休が終わったら、ますます元気にリレーや綱引きやパラバルーンなどを
思いのままに楽しめることでしょう。
そうなってこそ、『みんなのエネルギー』が、明日への希望を生み出す、
ということが実感できると思います。

と、運動会を冷静に振り返ることができるようになりましたが、
当日は、ひまわり組の組体操の間は、感動の涙をこらえるのに苦労しました。
3年前、初めての運動会を無我夢中で受け止めていたあの小さかったこどもたちが、
こんなにも集中し、頭と心と体を使ってすばらしい演技をみんなでつくりあげていたのですから。
その成長した姿を目の当たりにされたお母さんたちとも、感動を共にすることができました。

運動会の醍醐味は、年長になって初めて味わえると思います。
一人ひとりが、司会や体操担当など、役割をもって運動会を支える、
という意味でもそうですが、
年少、年中、そして年長と、積み重ねていくからこそ、
自信と実感の伴う運動会を楽しめるのではないかと思います。

たかが運動会、されど運動会・・・・・
わたしにとっても、また一つ教えられたひと時でした。

[ 2015/10/12 15:18 ] 保育 | TB(-) | CM(-)

こどもまつりをありがとう

第何回になるのでしょうか・・・?
今年も、善隣の伝統的な行事『こどもまつり』が開催されました。
昨年から、在園児と未就園児のためのおまつり、ということで
保育の一環として平日に持たれるようになりました。
そして、今年は食べ物コーナーも無くし、
午前中、こどもたちがお買い物やゲームを楽しんだら、
お母さんと一緒に好きな場所でお弁当を広げる、という形を取りました。
ですから、恒例の教会のケーキのお店『こひつじカフェ』もありませんでした。
そのおかげと言いましょうか、例年はおもてなしに忙しくしているのですが、
(それももちろん楽しくて、夢のケーキやさん気分を味わっていましたが)
今回は最初から最後までこどもたちとお母さんがたの様子を見守ることができました。

お母さん方が、時間と情熱をかけて準備してくださった各コーナーはとても充実していて、
こどもたちは、目を丸くしながらお買い物や工作コーナーやゲームコーナーを楽しんでいました。
いつもの幼稚園が大変身して、本当のお買い物を安心してできることが、
こんなにもこどもたちの目を輝かせるのか!と思いました。
そんなこどもたちを迎えるお母さんがたもとても楽しそうで、
こどもたちと一緒になって、楽しい幸せな空間を作っておられました。

毎年、こどもまつりの準備に当たっては、
がんばりすぎないでくださいね、とお母さんたちにストップをかけている園長ですが、
もうちょっとがんばってみようか!と思わせてしまうのは、
このこどもたちの『笑顔』と、それをみつめるお互いの『笑顔』に出会うためか、と実感しました。

うれしい時、たのしい時にこぼれる『笑顔』は自分だけのものではなく、
見つめ合うお互いのためにあると思います。
そんな『笑顔』に囲まれて育つこどもたちは、
どうすれば一緒に『笑顔』になれるのかを 自然に学んでいるのだと思います。
だから、お母さんたち、ありがとう!!!
これからも一緒に笑顔で歩んで行きましょうね!

 
[ 2015/09/22 09:51 ] 保育 | TB(-) | CM(-)

小さな幼稚園

先週は、毎日毎日雨がよく降りました。
園庭は大きな大きな水たまり。
「ゆめみたい!」その大きさに感動しためいちゃんは、ほっぺたをつねりながら歓声を上げたそうです。
でも、その感動をこどもたちが味わうためには、なんとかして登園しなければならないのですが、
雨に濡れる道を歩いて来るお母さんとこどもは偉いなあ・・・と思います。
時間をかけて幼稚園にたどり着いた時には、髪の毛も濡れて顔にへばりついていたりしますが、
その表情は、「やった!」と言わんばかりの笑顔。
長靴をはいて、雨の中をおかあさんと歩くのは、きっと楽しいでしょうし、
自分の足で歩いて来た、となると自信満々で胸を張りたくなるのです。

さて、お母さんと別れて幼稚園であそび始めるこどもたち。
ブロック、折り紙、粘土、積木、絵本、ままごと、戦いごっこ・・・・と、
室内あそびに心が向いている場合は、すぐにそれらのあそびに熱中できるので、
いつもと同じような満足した表情であそんでいますが、
人口密度の高い室内に居場所を見つけられなかったり、
テンションが高くなっている場合は、
狭い保育室をかけぬけて、汗だくになる人がいます。
そのあげくにケガにつながってはいけないので、
「礼拝堂でマットやろう!!」
そう言って、2階の広いスペースに誘います。

そして、床にマットを何枚も並べてあげると、一列に並んで、ひとりづついろんな技を繰り出してきます。
その顔は、ニコニコの笑顔で、大声でわらいながら前転や側転をする人もいます。
まさに興奮の嵐・・・・・
でも、それでいいと思います。
心の中に閉じ込められない、あそびたい、というエネルギーは、
しっかりと受け止めてあげられるような環境で発散してこそ、満足感につながります。
こどもたちは、その楽しさを自分だけのものにするのではなく、おもしろがり、じゃれ合い、ふざけ合って・・・
だから、興奮の嵐!!
見ているわたしも楽しくなるのでした。

2日間そんな日が続きました。
2日目は、ボール遊びもして、窓ガラスが曇るほど熱くなって遊びました。

さて、ようやく晴れ間の戻った金曜日。
ほとんどのこどもは、待ってました!とばかりに園庭へ。
さっそくどろんこTシャツに着替えて、亜美先生にホースで水をかけてもらう人たちもいました。
せっかく乾いた園庭もまた水たまりに。
でも、どろだんごを作るには最適だし、その横にはテーブルを出して色水あそびもできるし、
端の方では、虫捕りに熱中している人たちもいるし、
鉄棒や太鼓橋で技を磨いている人もいるし・・・・・
小さな園庭は、またこどもたちみんなのあそび場になっていました。

小さな幼稚園。
でも、そこが一人ひとりにとってのあそび場であり、居場所であれば、
可能性が無限に広がっていく場所になると思います。
それは、そこで生活するこどもたちとわたしたちで、日々作り出すものです。
より豊かな広がりをもった幼稚園にしていきたいです。






[ 2015/09/12 22:03 ] 保育 | TB(-) | CM(-)

夏に聴いた声

夏季保育にこどもたちが帰ってきました。
前のように、わたしの背中に飛びついてくる人もいれば、
1学期には見せなかったような、照れくさそうな表情で、
おかあさんに隠れるようにして、門をくぐっていく人もいました。
そして、おかあさんと別れる瞬間に、堰を切ったかのように大きな声で泣きはじめたのでした。
おかあさんは、わたしと目を合わせて、「???・・・」
今まで泣いたことなんてなかったのに・・・・
赤ちゃん返り?・・・・

でも、夏休みの間にもおかあさんとたっぷり遊んで、
いろんな経験をしながら成長したからこそ、前とは違う姿を見せるようになったのだと思います。
前よりも力を付けたこども自身が、前と同じ幼稚園に戻った時に感じた戸惑いなのだと思います。
だから、おとなはそのありのままの姿を受け止めてあげさえすれば、
こどもは時間とともに、戸惑いを乗り越えて前へ進んでいくと思います。

さて、わたしも夏の間にたっぷり遊んで、おいしいものをたっぷり食べて、
成長(?)したみたいです。
特に、こどもたちに自慢したい夏の経験は、SLに乗ったこと!
今年は、猫のミドリの体調を考えて、わたしはミドリと一緒に実家の広島にとどまることにしたため、
二日間だけミドリを実家に預けて、ひとりで熊本に合流した、というわけです。
それでせっかくだから、と奇跡的に予約できた『SL人吉』に乗って、
一人旅を満喫したのでした。
もともと鉄道に、それほど興味があるわけでなく、
早く快適な旅ができさえすれば良し、と思う方だったのですが、
機関車の魅力を知ってしまいました。

黒く堂々とした面構え。
力強い走りっぷり。
ゴトン ゴトン ゴトン・・・・ ゴトン ゴトン ゴトン・・・・ゴトン ゴトン ゴトン・・・・と
4拍子でゆったりと体に響く音。
ヒュー ヒュー・・・・と、優しく聞こえてくる汽笛。
鼻をくすぐる煙のにおい。

すべてが新鮮でした。
一緒に揺られている乗客のひとたちも自然と笑顔になっていて、
席を囲んだ方たちとは、お友達になってしまいました。
みんなでゆっくり楽しみながら、前に進んでいこうよ・・・・・・
そんな『声』が聴こえてくるような旅でした。

帰りの新幹線のゴー――――――――――!!
という音が、ただただ耳鳴りのように、無機質に感じられたのでしたが、
乗り物の『声』を聴いたのは、初めてだったように思います。

こどもの声を聴く、保護者の声を聴く、先生たちの声を聴く・・・・
声にならない声を聴く、というのは、
立ち止まり、ゆっくりと耳を傾けて自分の心に問いかけなければ、
聴こえてこないのかもしれません。




[ 2015/08/29 12:42 ] 保育 | TB(-) | CM(-)