どこまでも どこまでも

今年も、あのかわいい『我が子』たちに修了証書を渡す日を迎えました。
子育ては終わりがないけれど、幼稚園には必ず終わりが来るのです。

「そつえんするのいやだな。」
「ばらぐみ、つくってよ。」
そんな駄々をこねながら、最後の日々を惜しむように過ごしたこどもたちも、
卒園式を迎えると、自信に満ち、堂々とした笑顔で、
わたしから修了証書を受け取ったのでした。

この幼稚園での最後の日を終えるまで、
担任を初めとして、わたしたち『チーム善隣』は、
こどもたちの限界を決めることなく、
どこまでも、どこまでも、一人ひとりに伸びて欲しい、と思って寄り添ってきました。
その醍醐味をこどもたちと一緒に味わえたのは、
『サンドイッチパーティー』と称した『おわかれ会』で、
「『ビリーブ』をがっそうしたい!!てっきんともっきんをひきたい!!」
と、こどもたちが決めた日からでした。
それは、本番の2週間前でした。
そして、卒園の3週間前。
普通なら、もうそんなに新しいことに力を入れるよりも、
いろんなことを楽しむ時間をたっぷり持つ方がいいんだから、
あんまり練習しないでできることをやろうよ・・・・・
そうこどもたちにすすめても不思議はないと思うのです。
でも、あみ先生は違いました。
「わかった。じゃあ、なおこせんせいにおしえてもらおう。」
そう言って、こどもたちのやる気をそのまま受け止め、
一緒に、新しいことに挑戦を始めたのです。

わたしも喜んで、こどもたちが決めた楽器の編成に合わせて楽譜を書き、
そこにちょっとスパイスを、と大太鼓とレインスティックを加えてみたりして、
早速練習が始まりました。
鉄琴を選んだこうやん。
大好きなドッチボールを返上してでも、自由遊びの時間も練習していました。
木琴を選んだゆいちゃん。
思うようにバチを使ってたたけなくて、悔し涙をながしながらも、
お家でも幼稚園でも何度も弾いていました。
こうして、ひまわり組から毎日響いてくる誰かの弾く『ビリーブ』は、
みんなでみつけた『のめり込むあそび』になっていったのです。
すずもトライアングルもカスタネットも大太鼓もレインスティックも、
自分が選んだ楽器を楽しく、堂々と、
そして、お互いの音色を聴き合いながら、
みんなでひとつの曲を作り上げていきました。

結局、この取り組みはサンドイッチパーティーに留まらず、
お母さんたちを招待してのコンサートにまで発展しました。

こどもたちの限界を決めず、時間の制限を作らず、
どこまでも、どこまでもこどもたちのやりたいことを尊重することが、
こどもたちの成長をこれほどまでも育むことになる、
ということを目の当たりにすることができました。

卒園することを本当に名残惜しまれるお母さんたちと共に、
こどもたちの未来は、どこまでも、どこまでも明るく広がっていることを確信して、
こどもたちによって励まされた3月でした。
[ 2016/03/18 21:31 ] 保育 | TB(-) | CM(-)

つくってこわして

今年度2回目の保育参観がありました。
その感想を母の会の役員会でお聞きしたところ、
「箱積み木で一生懸命につくったお家で遊んだあと、
『こわさないでね』と紙に書いて貼ってるんですよね。
でも、ホールを使わなきゃいけなくなったら、あっさりと壊してるんです。
すごいなあ、と思って・・・・・
わたしだったら、大切なものをあんなに簡単に壊せないなあ、と思って・・・・
こどもはすごい、と思いました。」
そんなことを言ってくださったお母さんがおられました。

そうです。
熱中して一生懸命に作って遊んだ愛着のあるものでも、
こどもたちは、時が来たら作り替えたり、壊されて作り直したりを繰り返しています。
その姿は、愛着のあるものを手放すことの苦手なわたしたち大人から見ると、
驚きに映ります。

2週間前から、はぎれやひもを好きに使って『へんしんごっこ』なるものが続いています。
忍者や天使やマリヤやお姫様に思い思いに変身してあそんでいます。
そこから、階段を舞台に見立てて『ページェントごっこ』が始まったり、
大きな段ボールをつなげて作った『隠れ家ごっこ』につながったりして、
わたしが『へんしんごっこのぬの』と張り紙をしたケースは、今も活躍しています。
1週間前からは、段ボールを長くつなげた『おばけやしきごっこ』も続いています。
スズランテープを張り付けて水が流れてくる仕掛けにしたり、
新聞紙や色画用紙をちぎって、葉っぱが頭の上から降ってくるしかけにしたりと、
次から次へと浮かんでくるアイディアを形にするのに、忙しそうにこどもたちは遊んでいます。

これらの遊びはすべて、壊そうと思えば簡単に壊すことのできるような材料だからこそ、
壊れたら、またもっとおもしろいアイディアを思いついて、直したり、作り替えたりしながら、
いつまでも、そしてだんだんともっと多くの友達がおもしろがって遊べていっているのだと思います。
そして、その根底には、壊れたらまた作ればいい、やりなおせばいい・・・・・・
という確信があるのだと思います。

可塑性のあるおもちゃがこどもの想像力や創造する力を育てますが、
壊れても、失敗しても大丈夫!やりなおせる!
という信頼感やこころの優しさやたくましさまでも育ててくれるのか、
と、気づかせてもらいます。


[ 2016/02/06 14:51 ] 保育 | TB(-) | CM(-)

ゆきみずちゃん

雪が降りました。
こどもたち、待望の雪です。
足元が悪いので、登園時間は自由にしましたが、
雪の一日を共に味わいたい、と思いお休みにはしませんでした。
案の定、事情の許される人たちは雪遊びに備えた服装で、
張り切って登園してきました。

お弁当の後、少し雨は降っていましたが、
長靴にレインコートを羽織って、いざ園庭へ!
みぞれのような雪は、おとなにとっては冷たくやっかいな『かたまり』でしかないのですが、
こどもたちは、目を輝かせて遊び始めました。
雪をお部屋の前に運んで、雪だるまを作りました。
ところが、からだの部分を作っていると、
「みずをかけて!」と、れおなくん。
「え?!みずをかけたらとけるでしょ?」と、わたし。
「ううん、ちがうよ、かたまるんだよ。」
そして、バケツに水を汲んでは、せっせとかけたのでした。
すると、水は雪の中に吸い込まれていき、
表面が固まっていきました。
「ほんとだ・・・」
わたしもほかのこどもたちも感心しながら雪だるまをつくり続けました。
「はなはにんじんにしよう。」
「わかった。」と、家の冷蔵庫から持ってきてあげた人参の先で顔に穴を開け、
立派な鼻を作ったみおちゃん。
目は黒い炭で、口は葉っぱで作りました。
このかわいい雪だるまの名前は、『ゆきみずちゃん』。
「なおこせんせい、よるもみずをかけておいてね。そだてるから。」
「わかった。あしたは、れおなくんがかけてね。」
「うん。」
こうして、『ゆきみずちゃん』は、さくらぐみのお部屋の前で、大切に育てられることになりました。
その間に手のひらに乗る雪だるまの赤ちゃんを作ったのはここちゃん。
もうすぐ生まれてくる赤ちゃんのことを思ってだったのかもしれません。

しばらくすると、ひまわり組が、
「ゆきがっせんしよう!!」と、出てきました。
こどもたちの好奇心とパワーには脱帽です。
幼稚園は、そのパワーが集まるところなので、
一人ひとりの限界は、いつの間にかとっぱらわれていきます。


[ 2016/01/18 22:33 ] 保育 | TB(-) | CM(-)

みんなのエネルギーがあつまれば!!

念願だった広い空の下、広い校庭での運動会が実現しました!
何しろ、今年は行事といえば『雨』だったので、
その度に、かみさまはわたしたちを試しておられるのかしら・・・・
それほどわたしたちに期待して、祝福を与えようとしておられるのよね!
と、前むきに捕らえようと努めてきたのです。
でも、やっぱり運動会は広い校庭でこどもたちに経験させてあげたい!
と、切なる願いをもって準備してきました。

そして、玉堤小学校の校庭で、こどもたちを多くのご家族や地域の方々と共に囲んで、
楽しく運動会をすることができました。
今年は、テーマの『みんなのエネルギーがあつまれば!!』に、
こだわればこだわるほどにメッセージが伝わるだろうと、
わたしたち『チーム善隣』は、テーマにつながるオリジナルの競技や、
それに合った手作りの小道具などを
こどもたちと一緒に楽しみながら作っていきました。
結果、ことのほか準備に時間をかけてしまったのですが、
それによって、こどもたちはもちろん、参加してくださった方々が喜んでくださり、
『みんなのエネルギーがあつまる』ことは、すばらしいことなのだ、
ということを感じてくださることができたのであれば、うれしいです。

最後の競技、ひまわりぐみのリレーは、案の定、とても白熱したのですが、
走り終わり、勝負がついた後、こどもたちはとてもすがすがしい表情をしていました。
幼稚園で走った時は、勝ち負けにこだわり、負けたチームはとても悔しそうだったのに、
運動会では、あの長いコースをみんな精一杯走りきったのですから、
互いを認め合う満足感を味わっていたのかな、と思います。
でも、「もう一回やりたい!」と、もらしていたそう。
代休が終わったら、ますます元気にリレーや綱引きやパラバルーンなどを
思いのままに楽しめることでしょう。
そうなってこそ、『みんなのエネルギー』が、明日への希望を生み出す、
ということが実感できると思います。

と、運動会を冷静に振り返ることができるようになりましたが、
当日は、ひまわり組の組体操の間は、感動の涙をこらえるのに苦労しました。
3年前、初めての運動会を無我夢中で受け止めていたあの小さかったこどもたちが、
こんなにも集中し、頭と心と体を使ってすばらしい演技をみんなでつくりあげていたのですから。
その成長した姿を目の当たりにされたお母さんたちとも、感動を共にすることができました。

運動会の醍醐味は、年長になって初めて味わえると思います。
一人ひとりが、司会や体操担当など、役割をもって運動会を支える、
という意味でもそうですが、
年少、年中、そして年長と、積み重ねていくからこそ、
自信と実感の伴う運動会を楽しめるのではないかと思います。

たかが運動会、されど運動会・・・・・
わたしにとっても、また一つ教えられたひと時でした。

[ 2015/10/12 15:18 ] 保育 | TB(-) | CM(-)

こどもまつりをありがとう

第何回になるのでしょうか・・・?
今年も、善隣の伝統的な行事『こどもまつり』が開催されました。
昨年から、在園児と未就園児のためのおまつり、ということで
保育の一環として平日に持たれるようになりました。
そして、今年は食べ物コーナーも無くし、
午前中、こどもたちがお買い物やゲームを楽しんだら、
お母さんと一緒に好きな場所でお弁当を広げる、という形を取りました。
ですから、恒例の教会のケーキのお店『こひつじカフェ』もありませんでした。
そのおかげと言いましょうか、例年はおもてなしに忙しくしているのですが、
(それももちろん楽しくて、夢のケーキやさん気分を味わっていましたが)
今回は最初から最後までこどもたちとお母さんがたの様子を見守ることができました。

お母さん方が、時間と情熱をかけて準備してくださった各コーナーはとても充実していて、
こどもたちは、目を丸くしながらお買い物や工作コーナーやゲームコーナーを楽しんでいました。
いつもの幼稚園が大変身して、本当のお買い物を安心してできることが、
こんなにもこどもたちの目を輝かせるのか!と思いました。
そんなこどもたちを迎えるお母さんがたもとても楽しそうで、
こどもたちと一緒になって、楽しい幸せな空間を作っておられました。

毎年、こどもまつりの準備に当たっては、
がんばりすぎないでくださいね、とお母さんたちにストップをかけている園長ですが、
もうちょっとがんばってみようか!と思わせてしまうのは、
このこどもたちの『笑顔』と、それをみつめるお互いの『笑顔』に出会うためか、と実感しました。

うれしい時、たのしい時にこぼれる『笑顔』は自分だけのものではなく、
見つめ合うお互いのためにあると思います。
そんな『笑顔』に囲まれて育つこどもたちは、
どうすれば一緒に『笑顔』になれるのかを 自然に学んでいるのだと思います。
だから、お母さんたち、ありがとう!!!
これからも一緒に笑顔で歩んで行きましょうね!

 
[ 2015/09/22 09:51 ] 保育 | TB(-) | CM(-)

小さな幼稚園

先週は、毎日毎日雨がよく降りました。
園庭は大きな大きな水たまり。
「ゆめみたい!」その大きさに感動しためいちゃんは、ほっぺたをつねりながら歓声を上げたそうです。
でも、その感動をこどもたちが味わうためには、なんとかして登園しなければならないのですが、
雨に濡れる道を歩いて来るお母さんとこどもは偉いなあ・・・と思います。
時間をかけて幼稚園にたどり着いた時には、髪の毛も濡れて顔にへばりついていたりしますが、
その表情は、「やった!」と言わんばかりの笑顔。
長靴をはいて、雨の中をおかあさんと歩くのは、きっと楽しいでしょうし、
自分の足で歩いて来た、となると自信満々で胸を張りたくなるのです。

さて、お母さんと別れて幼稚園であそび始めるこどもたち。
ブロック、折り紙、粘土、積木、絵本、ままごと、戦いごっこ・・・・と、
室内あそびに心が向いている場合は、すぐにそれらのあそびに熱中できるので、
いつもと同じような満足した表情であそんでいますが、
人口密度の高い室内に居場所を見つけられなかったり、
テンションが高くなっている場合は、
狭い保育室をかけぬけて、汗だくになる人がいます。
そのあげくにケガにつながってはいけないので、
「礼拝堂でマットやろう!!」
そう言って、2階の広いスペースに誘います。

そして、床にマットを何枚も並べてあげると、一列に並んで、ひとりづついろんな技を繰り出してきます。
その顔は、ニコニコの笑顔で、大声でわらいながら前転や側転をする人もいます。
まさに興奮の嵐・・・・・
でも、それでいいと思います。
心の中に閉じ込められない、あそびたい、というエネルギーは、
しっかりと受け止めてあげられるような環境で発散してこそ、満足感につながります。
こどもたちは、その楽しさを自分だけのものにするのではなく、おもしろがり、じゃれ合い、ふざけ合って・・・
だから、興奮の嵐!!
見ているわたしも楽しくなるのでした。

2日間そんな日が続きました。
2日目は、ボール遊びもして、窓ガラスが曇るほど熱くなって遊びました。

さて、ようやく晴れ間の戻った金曜日。
ほとんどのこどもは、待ってました!とばかりに園庭へ。
さっそくどろんこTシャツに着替えて、亜美先生にホースで水をかけてもらう人たちもいました。
せっかく乾いた園庭もまた水たまりに。
でも、どろだんごを作るには最適だし、その横にはテーブルを出して色水あそびもできるし、
端の方では、虫捕りに熱中している人たちもいるし、
鉄棒や太鼓橋で技を磨いている人もいるし・・・・・
小さな園庭は、またこどもたちみんなのあそび場になっていました。

小さな幼稚園。
でも、そこが一人ひとりにとってのあそび場であり、居場所であれば、
可能性が無限に広がっていく場所になると思います。
それは、そこで生活するこどもたちとわたしたちで、日々作り出すものです。
より豊かな広がりをもった幼稚園にしていきたいです。






[ 2015/09/12 22:03 ] 保育 | TB(-) | CM(-)

夏に聴いた声

夏季保育にこどもたちが帰ってきました。
前のように、わたしの背中に飛びついてくる人もいれば、
1学期には見せなかったような、照れくさそうな表情で、
おかあさんに隠れるようにして、門をくぐっていく人もいました。
そして、おかあさんと別れる瞬間に、堰を切ったかのように大きな声で泣きはじめたのでした。
おかあさんは、わたしと目を合わせて、「???・・・」
今まで泣いたことなんてなかったのに・・・・
赤ちゃん返り?・・・・

でも、夏休みの間にもおかあさんとたっぷり遊んで、
いろんな経験をしながら成長したからこそ、前とは違う姿を見せるようになったのだと思います。
前よりも力を付けたこども自身が、前と同じ幼稚園に戻った時に感じた戸惑いなのだと思います。
だから、おとなはそのありのままの姿を受け止めてあげさえすれば、
こどもは時間とともに、戸惑いを乗り越えて前へ進んでいくと思います。

さて、わたしも夏の間にたっぷり遊んで、おいしいものをたっぷり食べて、
成長(?)したみたいです。
特に、こどもたちに自慢したい夏の経験は、SLに乗ったこと!
今年は、猫のミドリの体調を考えて、わたしはミドリと一緒に実家の広島にとどまることにしたため、
二日間だけミドリを実家に預けて、ひとりで熊本に合流した、というわけです。
それでせっかくだから、と奇跡的に予約できた『SL人吉』に乗って、
一人旅を満喫したのでした。
もともと鉄道に、それほど興味があるわけでなく、
早く快適な旅ができさえすれば良し、と思う方だったのですが、
機関車の魅力を知ってしまいました。

黒く堂々とした面構え。
力強い走りっぷり。
ゴトン ゴトン ゴトン・・・・ ゴトン ゴトン ゴトン・・・・ゴトン ゴトン ゴトン・・・・と
4拍子でゆったりと体に響く音。
ヒュー ヒュー・・・・と、優しく聞こえてくる汽笛。
鼻をくすぐる煙のにおい。

すべてが新鮮でした。
一緒に揺られている乗客のひとたちも自然と笑顔になっていて、
席を囲んだ方たちとは、お友達になってしまいました。
みんなでゆっくり楽しみながら、前に進んでいこうよ・・・・・・
そんな『声』が聴こえてくるような旅でした。

帰りの新幹線のゴー――――――――――!!
という音が、ただただ耳鳴りのように、無機質に感じられたのでしたが、
乗り物の『声』を聴いたのは、初めてだったように思います。

こどもの声を聴く、保護者の声を聴く、先生たちの声を聴く・・・・
声にならない声を聴く、というのは、
立ち止まり、ゆっくりと耳を傾けて自分の心に問いかけなければ、
聴こえてこないのかもしれません。




[ 2015/08/29 12:42 ] 保育 | TB(-) | CM(-)

あこがれ

『年長になる』、ということは、幼稚園生の『あこがれ』だと思います。
でも、『年長になる』だけでは、年長としての自立した自分らしい行いができるようにはなりません。
こどもたち自らが、一日一日の貴重な挑戦と葛藤を繰り返してこそ、『あこがれの年長になる』のだと思います。
年長組のお泊り保育は、そんなこどもたちの持つ『あこがれ』が生み出すとてつもないエネルギーを信じて、
善隣が行っている取組です。

今年も、担任と一緒にそのエネルギーを信じ、ワクワクドキドキしながら、
こどもたちと一日一日を丁寧に送ってきました。
まず、始業日を迎えたところから、善隣幼稚園はひまわり組 (年長)が運営しているかのように、
こどもたちの思いが最大限に実現するように寄り添うようにしました。
とはいっても、幼稚園に慣れていないももさん(年少)に配慮してくれる
優しいひまわりさんは、最初はとても遠慮して過ごしているように見えました。
でも、程なくのびのびと遊べるようになりましたが、
それだけに、片づけの時間やお集まりの時間などのメリハリの付け方が苦手でした。
時間の目安を伝えてあげながらも、一人ひとりの善意を信じ、励ましては待つ、という
担任の亜美せんせいの忍耐には、頭が下がる思いでした。

そんな中、担任とこどもたちの信頼関係はどんどん強められ、
このままでいいんだ、というこどもたち一人ひとりの安心感が自信へとつながっていったと思います。
そして、こどもたちのあこがれは
「みんなで等々力渓谷へ行きたい!」・・・・・・・
「みんなで野毛公園へ行きたい!」・・・・・・
「みんなで多摩川へ行きたい!」・・・・・・
そして、「もっと遠くへみんなでお泊りに行きたい!!!」と、広がっていったのです。
わたしは、このこどもたちの「こうしたい!こうなりたい!」という『あこがれ』が、とても大切だと思っています。
しかも、それが一人ひとりの個人的な気持ちに留まらず、友達を励まし高め合いながら、
ひまわりさんみんなの思いとして、共有し合えるようになることが、年長にしかできないであろう、
互いを受け入れ合い、高め合う自立した姿に近づくことだと思うのです。

ですからわたしは、いつもお泊り保育に出発する前に
担任を、「お疲れさま。」と、ねぎらいます。
なぜなら、「お母さんから遠く離れてでも、みんなでお泊りをしたい!」
と、こどもたちが『あこがれ』を共有できたところで、お泊り保育の取組の大切なところは完成している、と思うからです。
台風の影響で残念ながらお泊りを実現できなかった昨年のひまわりさんも、
同じように、こどもたちの自立への『あこがれ』の気持ちが膨らんでいたのですから、
こどもたちの心は、しっかりと育ったと確信しています。

さて、今年のお泊り旅行でも、こどもたちの『あこがれ』た場所で、『あこがれ』ていたことを
仲間と一緒に経験してくることができました。
雨空の下の2日間でも、こどもたちが普段の幼稚園で遊んできたことの続きを楽しむことができたと思います。
カラービニール袋を工夫して衣装を作り、忍者やおひめさまに変身したこどもたちは、
広いロッジの全部の部屋を使ったお城や基地を飛び回り、普段の遊びを合体させたかのようなおもしい遊びを
全員で繰り広げました。
「ようちえんをここにもってきたい!」と、こうへいくん。
わたしも、ずっとずっとここで遊び続けられれば・・・・・と思いました。

「みずあそびがしたい。」それも、お泊り旅行でこどもたちがしたい、と言っていたことだったので、
雨の中でジャブジャブ遊ぶのもいいかも・・・?とすら、深夜のミーティングで冗談半分に話し合いましたが、
そこまではいかなくとも、レインコートと長くつで雨の中をお散歩したり、
土砂降りの中を先生たちでブルーシートの屋根を作ってあげて、
雨音を楽しんだりしたいね、などと話しました。
で、2日目にどちらも実現してしまっただけでなく、
雨が上がって、すごい速さで流れる雲や、富士山の山の端を眺めながら、
自然に、『やまびこさん』や『虹』の歌をみんなで歌うこともできました。

出発するときには、寂しそうにしていた人もいましたが、
すっかりたくましく自信にみちて、元気に幼稚園に帰ってくると、
お母さんがたの優しい笑顔が待っていました。
幼稚園を信頼して大切なお子さんを任せてくださったこのお母さんがたがあってこそ・・・・・
と、また園長の目がしらは熱くなってしまいましたが、
お母さんがたもまた、自分の理解を越えたところにこそ、
こどもたちの『あこがれ』はあることを信じて送り出してくださったのだと思います。

こどもたちの『あこがれ』への大冒険は続きます。





[ 2015/07/18 19:18 ] 保育 | TB(-) | CM(-)

親子登園日

「直子先生、雨です!」
「えーーー?!」
雨だった去年の記憶がよみがえる中、晴れバージョンで準備を進めてきたのに、突然の雨・・・
とりあえず、園庭に並べた机を屋根の下に入れて、祈りながら他の用意を進めたのでした。
そして、わたしたちの願いが届いたのか、結局雨は上がり、
幼稚園全部を使った『親子登園日』の行事を行うことができました。

親子で手形を取ったり、工作をしたり、木工をしたり・・・
2人で相談しながら思い思いに遊んでいる姿は、とても微笑ましいものです。
昨年は、ママとの参加だったけど、今年はパパが一週間前からお休みを取って参加してくださった方。
途中でお仕事のお電話をされたり、とてもお疲れのご様子でも、最後までこどもに寄り添ってくださった方。
パパやママといつもの幼稚園で、いつもとは違う時間を過ごせたことは、
こどもたちにとって、またひとつ、楽しく豊かな経験になったことと思います。

毎年、保育者が工夫を重ねた工作コーナーを設定するのですが、
そんなものには興味も示さず、いつもの粘土や、いつものお絵かきや、いつもの絵本を
楽しんでいる親子もおられます。
それぞれに心地よい空間と時間を作っておられるようで、それもうれしいものです。
また、各コーナーを一回りしたら、いつものどろんこ遊びを控えめに始めるももさんたちもいました。
「いつもこの遊びが大好きなんですよ。」
「そうなんですか。」
パパもいつもの我が子の園での様子を感じて、うれしそうに見ておられました。

クラスごとの遊びの時間も、みんなちょっと緊張しながらも、こどもたちを囲んでとても楽しそうでした。
もも組やさくら組は、『ロンドン橋おちた』や『ジャンケン列車』など、こどもたちを楽しませることを主にしたゲームでしたが、
ひまわり組となると、親と子がチームに分かれて、手加減なく『ボールおくりゲーム』に白熱していました。
もちろん、親チームが優勝して「イエーイ!!」と、大はしゃぎ!
こどもたちは、唖然としていました。
そして、最後は親子でおなかでボールを挟んでチーム対抗リレー。
ボールの運び方にも個性が出て、大盛り上がりでした。

プログラムの最後には、恒例の園庭でのお集まりをしました。
みんなでダンス!みんなで歌!園長のあいさつの後、みんなでお祈り。

パパ、ママ、お疲れ様でした。そして、どうもありがとうございました。
みなさんが、善隣幼稚園を選んでお子さんを送ってくださったから、
こどものこどもらしい、そして、その子らしい空間と時間をここで作ることができています。
これからの毎日もそのような幼稚園であり続けたいです。
[ 2015/06/15 13:54 ] 保育 | TB(-) | CM(-)

不純物

「なおこせんせい、すながとれないよう!ももさんがいれたんだよ!」
カメのチョコのお世話をしていたお当番のこうやくんときなこちゃんは、
ベビーバスに溜まった砂を一生懸命に取り除こうとしていました。
でも、何度もたわしでベビーバスの底をこすっては流して、と繰り返しても、
砂は残ってしまうことに悩まされていたのです。
わたしは、ベビーバスを斜めに傾けて、砂を水で流しやすくしてあげました。
ふたりは、ももさんが砂を入れたから・・・・などと、ブツブツ言いながらも、
砂粒が、ひとつも見えなくなるまで掃除をしていました。

砂場道具を洗って片づける時も、
こどもたちは、大抵どろをきれいに落として、
ピカピカになるまで洗っています。
ついでに水遊びも楽しんでいるようにも見えますが、
汚れを取り除き、ピカピカにしたい、という思いが強いことを感じます。
おとなのわたしたちは、「大体でいいんじゃない?」とか、
「適当でいいよ。」と、言いたくなるのですが、
こどもたちは、完璧に『不純物』を取り除こうとするようです。

何故でしょうか・・・

もしかしたら、こどもには『きれいなもの』を求める性質があるのかもしれません。
それは、こども自身が、純粋で無垢だからかもしれません。
『不純物』をとりのぞき、そのもの本来の姿を見ようとするのかもしれません。
一方でわたしたちおとなは、どこかで身に着けてしまった偏見や思い込みに支配されているようです。
これくらいでいいだろう、とか逆にこれくらいできないといけない、などと、
勝手に自分で水準をきめてしまいます。
根拠もないのに・・・・偏見や思い込みであることもしばしば・・・。
それは、上手く生きていくためには必要なことかもしれません。
でも、わたしが困るな、と思っているのは、
例えば、こどもを見る目です。
おっとり優しいから『いい子』
やんちゃで落ち着きがないから『悪い子』など、
その子本来の姿を知ろうとするよりも、大雑把な主観でレッテルを貼ってしまいがちです。
でも、そんなことをして何か良いことがあるでしょうか。
それよりも、こどもたちの目線のように、
その子本来の姿を見ようと努力するほうが、
一人ひとりの持つ個性に気づかされ、
お互いの可能性が広がり、豊かな明日に出会えるのではないでしょぷか。

こどものような純粋で無垢な感性をかつてはわたしたちも持っていたのですから、
こどもたちからもう一度、学ばせてもらいたいなと思います。







[ 2015/06/07 22:50 ] 保育 | TB(-) | CM(-)