あそびごころ

一晩中雨が降り、園庭には大きな水たまり。
でも、朝になると晴れてきて、
きっと今日もこどもたちは、外であそぶでしょう、
と、言うわけで、先生たちの朝の準備は、
水たまりの水を抜くことでした。
それでも、園庭はどろどろで、水たまりも残っていたのですが、
それが遊ぶには、好都合。
スクーターで水たまりにつっこんでみたり、
どろだんごにおままごと。
どろは、あそびを無限に広げます。

もちろん、徹底的にどろを楽しんじゃおう、と言う人たちは、
パンツも脱いで、どろんこズボンとどろんこシャツに着替えて、
どろんこにダイブ!
座り込んで・・・・・ムツゴロウになっていました。
なんとも豪快。なんとも贅沢。
そして、なんとも満たされた笑顔。
ホントは、わたしも仲間に入りたいくらいでした。

でも、この後片付けを終えて、朝の集まりが終わったら、
わたしはさくらさんと、リトミックをすることになっていました。
リトミックは、音楽を聴き、リズムを感じて、
体で自由に表現することから始まります。
ですから、心と体を自由にするために、
わたしは、裸足になって、柔軟体操を必ずします。
それから、『雨の日のお散歩』とか、『探検をしよう』とか、
必ず、イマジネーションを膨らませて、音楽体験が広がることを目指しています。
こどもたちは、楽しくて、声を上げてしまいそうになる気持ちを押さえながら、
リズムに合わせてステップしたり、楽器をたたいたり、歌ったりします。
まさに、遊んでいるのです。

わたしにとって、こどもたちとする『リトミック』や『音楽』は、『あそぶこと』です。
心を自由にし、心を躍らせ、自然に笑顔になって楽しむものです。
『音楽』だけでなく、保育は、『あそぶこと』だと、最近つくづく感じています。


かつてわたしが初めて保育者らしいことをし始めた頃、
自分にがっかりしたことを覚えています。
ああ、なんてわたしはおもしろくない人間なんだろう、
ああ、なんてつまらない保育なんだろう。
こどもたちがおもしろくなくてもしかたがない・・・・

最近、「自由遊びは、本当に楽しくても、クラス活動になると、
ちゃんとやらなければならない、と思って、構えてしまう・・・・」
そんな先生の本音を聞きました。
「わかるよ。自由遊びよ、永遠なれ!って感じだよね。」
わたしも、その気持ち、かつて味わっていましたからよくわかるのです。
保育者はどうしてこんなに真面目で、いい人で、そして、遊べないのでしょう。

『あそびごころ』
こどもたちのあそびを眺める時も、
一緒に駆け回る時も、
クラスでゲームをする時も、
歌う時も、
工作をする時も、
話し合いの時も・・・・
どんな時も、先生自身が心が自由で、心が躍って、自然に笑顔になっている。
そんな『あそびごころ』を持っているかどうかが、とても大切だと思います。
「こどもは遊びながら学ぶ。」そう確信をもっている保育者が、
遊べなくてどうするのでしょうか。

よーーーし!!
わたしはあそぶぞ!!
園長は、宣言します!!
スポンサーサイト
[ 2013/06/29 22:25 ] 保育 | TB(-) | CM(-)