「ごめんなさい。」

青空の下で過ごせた幸いな一週間。
絵の具の色水遊びから『ジュースやさんごっこ』が始まったり、
泥遊びに今まで関心を示さなかった人も泥水の中に座り込んで、
連日、仲間と一緒にどろにんげんになって楽しんだりしていました。
もちろん、いつも通りの一人一人の遊びはそれぞれ展開していますから、
年度初めのこの時期は、あっちでもこっちでも、
「せんせーい!!」「なおこせんせーい!!」「なおこせんせーい!みてー!」
と、アピールする声が飛び交っています。
「なんとわたしは手の掛かる保育をしてるんだろう・・・先生たち、よく付いてきてくれてるなあ。」
くたくたになりながら、感謝とともに、これでいいんだ・・・と、
確信を新たにしながら、こどもたちと過ごしました。

だって初めは、何でも手が掛かるのだから。
自立に向かって自分のやってみたいことに挑戦し、
上手くいかなくて助けてもらったり、
上手くできたことをほめてもらい、
友達と遊ぶ時は気持ちを代弁してもらい・・・・・
効率を求めるのではなく、一人一人の今の思いを丁寧に受け取ることが、
大切なのだと思います。


さて、その日もようやく遊びのリズムができて、
わたしは、園庭のあちこちに目を配りながらも
大縄を回してあげることに専念していました。
そして、そろそろ片付けをしよう、と声をかけ、大縄を片付けました。
それから砂場に近づいた時、わたしの目に飛び込んできたのは、
根こそぎ抜かれてころがっているインパチェンスの苗でした。
2週間前に花壇に12株植えて、日に日にきれいに咲き乱れるようになったインパチェンス。
「ああ・・・かわいそう・・・ええ!!・・・どうしてえ・・・」
そんなことを言ったでしょうか。
散らかった苗の横には、だんご虫を入れた容器を大事に抱えて、
ご満悦の6人のこどもたちが座り込んでいました。
「Aはやってないよ。」
ひとりの女の子がすかさず言いましたが、他の人は知らん顔。
「やってしまった、と思った人は、自分でごめんね、て言えると思うよ。」
すると、Bくんだけが「ごめんなさい。」とボソボソっと言いました。
でも、やっと自分たちでだんご虫を獲得した満足感が大きいのか、
だれも、そこらじゅうにちらかった花びらは目に入っていないようでした。
確かに、前日もその日の朝も、
「なおこせんせい、だんご虫とって。」と、助けを求めていた彼らでした。
それが、30ぴきはいようか、というほどの
うじゃうじゃのだんご虫を自分たちで獲得したのですから。

わたしは、いくつかの形の残っている苗を花壇に戻してから、
「すごいだんご虫だね。根っこのところにいたの?」
と、聞いてみました。
「うん。」
「お花もだんご虫も生きてるから、だんご虫を育てたい?」
「うん。」
「じゃあ、もっと大きい入れ物に入れてあげないと、
 ほら、上にのっかってけんかになるんじゃない?」
「うん。」
CD-Rの丸いケースにいれたうじゃうじゃのだんご虫を一緒にのぞきこみながら、
わたしは半ば強引に話を進め、教材庫から大きめのケースを取ってきました。
そして、さっさと花壇の土や草や枯葉を一緒に入れ、
30匹のだんご虫をザーッと入れました。
だんご虫も彼らもいっきに、生き生きとし始めました。


さて、後になってわたしは考えました。
「素直に『ごめんなさい』と言えるといいな。」とぐらい、
あのこどもたちに迫るべきだったかなあ・・・と。
そうしたら、お花のいのちを大切にすることや、
それを植えた人の気持ちに気づくことができたでしょうか。
できたかもしれませんが、多分、こういう時は「ごめんなさい」と言うものだ、
と学ぶくらいなのかなあ、とも思いました。
だから、自分で考えて、自分の言葉で、やりすぎてしまったことを反省するのでなければ、
意味がない、と思いました。
それよりも、お花の根っこのところにはだんご虫がたくさん住んでいることに驚き、
捕っただんご虫を育てるために、同じような家を作ってあげたい、と思うことの方が、
今は大切なのではないかと思いました。

翌日も彼らは、ケースのだんご虫をかわいがっていました。
今度は、園庭の真ん中でケースの上の方まで土を入れて、
重そうに2人ではこんでいました。
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[ 2013/05/19 00:39 ] 保育 | TB(-) | CM(-)