夏休み

長い夏休み。
こどもたちは、楽しく過ごしているでしょうか。
お母さんたちは、お元気でしょうか。・・・・ちょっと心配・・・・・

わたしは元気ですよ。静かにね。
たくさん遊んでたくさん勉強しています。

まず、例年通り全日本私立幼稚園連合会の研修に先生たちと参加しました。
それから、りんごの木の研修にも参加しました。
レッジョ・エミリアの展覧会に行きました。
軽井沢の絵本の森美術館にも行ったし、
広島では、ディック・ブルーナの展覧会にも行きました。
やっぱり、すべてこどもつながり。(芸がない、と言わないで)
その間に、本を10冊読みました。

毎年、夏ごとに思い巡らすキーワードがあるのですが、
今年のそれは、『本音』。
『あるがままの姿から、ありたい姿へ』と、わたしなりの保育観を言葉にして、やってきたつもりでしたが、
こどもたちも、わたしも、『あるがまま=本音』 の生活をしていただろうか、
と大きな問いを突きつけられたのでした。

そもそも、人が本音で生活するとまとまらないですよね。
無秩序、混沌、バラバラ、ガチャガチャ、大騒ぎ!!!!!!!!!!
自分の本音を出しっぱなしにするとそうなっても無理はないのですが、
相手の本音も理解して、お互いを尊重する良い感性を持っていれば、
誰もが生かされる、本当に平和で麗しい世界になるのではないでしょうか。

わたしは、こどもの時のこそ、本音で、つまり自分らしく行動し、
自分の言葉を持つことがとても大切だ、と改めて思わされました。
本音と本音が混ざり合い、ぶつかり合い、困ってしまいながら、悩みながら、
真剣に考え、自分の気持ちを何とか言葉にしようとする時、
相手の気持ちに気づいていくのだと思うのです。
そして、ゆっくりゆっくりと良い感性がそだっていくのだと思います。
時間をかけて・・・・・・・

ところが、わたしたちはすぐに結果を出したがります。
「成長しましたねえ。」と、すぐにお母さんに伝えたくなるのです。
「あ~あ~このままでどうなるのお~」と、不安で、もやもやした状態でいることに耐えられないのです。
「ちょっとまってよう・・・かならずせいちょうするんだから・・・せいちょうしたいんだから・・・」
こどもたちの声が聞こえてくるようです。

話は変わりますが、ゆうべ夜中に帰省先の広島から帰ってきました。
いつものように両親と取り留めもなくたくさん話したのですが、
わたしは、おとなになってからも、いろんな経験をしながら、
ゆっくりゆっくりと成長させられているなあ、とつくづく思いました。
けっして、親から答えが与えられたから成長できたのではない、と思うのです。
もちろん、おとなですから言葉をもっているので、アドバイスを受けることはありますが、
結論は、時が満ちるとともに、自分で見つけるしかありません。
それだけに、よく忍耐をもってわたしを見守り続けてくれているなあ、と両親に感謝しました。

さて、小さなこどもも同じ。
結論は、時が満ちるとともに、自分で見つけるしかありません。
いや、本当はわたしたちおとなよりも成長する力をすでに持っているこどもたちですから、
アドバイスすら必要ないのです。
必要なのは、『本音』で遊べ、『本音』で語れる良い環境と良い仲間。
その、感性ゆたかな良い仲間に、わたしたち保育者もなろう!
それが、この夏休みのわたしの決意です。

来週は、ボランティアで仙台に行ってきます。
この体で、少しでも被災地の痛みや課題を感じ取らせていただき、
持ち帰って、今後何をすべきかを考えていきたいと思います。
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[ 2011/08/12 16:44 ] わたし | TB(-) | CM(-)