不純物

「なおこせんせい、すながとれないよう!ももさんがいれたんだよ!」
カメのチョコのお世話をしていたお当番のこうやくんときなこちゃんは、
ベビーバスに溜まった砂を一生懸命に取り除こうとしていました。
でも、何度もたわしでベビーバスの底をこすっては流して、と繰り返しても、
砂は残ってしまうことに悩まされていたのです。
わたしは、ベビーバスを斜めに傾けて、砂を水で流しやすくしてあげました。
ふたりは、ももさんが砂を入れたから・・・・などと、ブツブツ言いながらも、
砂粒が、ひとつも見えなくなるまで掃除をしていました。

砂場道具を洗って片づける時も、
こどもたちは、大抵どろをきれいに落として、
ピカピカになるまで洗っています。
ついでに水遊びも楽しんでいるようにも見えますが、
汚れを取り除き、ピカピカにしたい、という思いが強いことを感じます。
おとなのわたしたちは、「大体でいいんじゃない?」とか、
「適当でいいよ。」と、言いたくなるのですが、
こどもたちは、完璧に『不純物』を取り除こうとするようです。

何故でしょうか・・・

もしかしたら、こどもには『きれいなもの』を求める性質があるのかもしれません。
それは、こども自身が、純粋で無垢だからかもしれません。
『不純物』をとりのぞき、そのもの本来の姿を見ようとするのかもしれません。
一方でわたしたちおとなは、どこかで身に着けてしまった偏見や思い込みに支配されているようです。
これくらいでいいだろう、とか逆にこれくらいできないといけない、などと、
勝手に自分で水準をきめてしまいます。
根拠もないのに・・・・偏見や思い込みであることもしばしば・・・。
それは、上手く生きていくためには必要なことかもしれません。
でも、わたしが困るな、と思っているのは、
例えば、こどもを見る目です。
おっとり優しいから『いい子』
やんちゃで落ち着きがないから『悪い子』など、
その子本来の姿を知ろうとするよりも、大雑把な主観でレッテルを貼ってしまいがちです。
でも、そんなことをして何か良いことがあるでしょうか。
それよりも、こどもたちの目線のように、
その子本来の姿を見ようと努力するほうが、
一人ひとりの持つ個性に気づかされ、
お互いの可能性が広がり、豊かな明日に出会えるのではないでしょぷか。

こどものような純粋で無垢な感性をかつてはわたしたちも持っていたのですから、
こどもたちからもう一度、学ばせてもらいたいなと思います。







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[ 2015/06/07 22:50 ] 保育 | TB(-) | CM(-)