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主役のいない園庭

少し涼しい夕方。
子ねこのみどりと一緒に庭に出ました。
心地いい風を頬に感じながら、砂場の横に腰を下ろすと、せみの鳴き声が降ってきました。
チチチ・・・と、ことりの声も混じっていました。
でも、静かなんです。
いつものこどもたちの笑い声やごそごそと砂を掘る音が聞こえてこないから。
そういえば、見上げた青桐の大木もいつもより小さく感じられました。
いつもその根元にしゃがんでどろだんごを磨いていたり、ありをつついているこどもたちの姿が無いから。

いつもの園庭の主役がいないと、なんとこの庭は小さく、ありきたりの場所に見えることでしょうか。
ここでこどもたちは、好きなことを見つけ、必死であそび、友達とおもしろさを追求しながら、
いつの間にかたくさんのものがたりを紡いでいきます。
途中で友達とけんかして、ものがたりは中断したかに見えることもありますが、
実は成長のものがたりは、常に紡ぎ続けられているのです。
こどもたち同士の生活がここにある限り、ひとつひとつ違うすばらしい成長のものがたりが展開されるのです。
こどもに寄り添うということは、このすばらしいものがたりを一緒に味わいながら、
こちらの心まで成長させてもらえることだと思います。
だから、お母さんは我が子に寄り添いながら、楽しいことも、うれしいことも、悲しいことも、腹が立つことも
一緒に味わっているうちに、必ず成長させてもらえるのだと思います。
そんな幸せなお母さんとこどもにたくさん会ってきました。

夏休み、こどもに寄り添わなくてはいけない、寄り添わなくてはいけない・・・・と思えば思うほど、
寛容になれない自分に益々熱くなってしまうこともあるかもしれませんね。
そこで、どうでしょう、我が子のものがたりの主役は我が子、と割り切っては。
お母さんは、鑑賞させてもらおうっと!
いいのよ、何でもやってごらん。あなたはおもしろい子よ。必ず成長できるからね。
お母さんも一緒に成長させてね。・・・・・・
そんな風におとなな振る舞いをしてみては。

主役のいない寂しい園庭で、普段、どれほどこどもたちから成長の機会をあたえてもらっているのかを
深く感じさせられたひと時でした。
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[ 2014/07/29 22:59 ] わたし | TB(-) | CM(-)