手放す

『おわかれかい』とか言うと、この時期のこどもたちの心には、寂しく響くようなので、
今年は『サンドイッチパーティー』と呼ぶことにしました。
もも組とさくら組が、ひまわり組のために一応内緒で準備をし、
お母さんたちが作ってくださるサンドイッチをみんなでいただく、
善隣の伝統行事です。

この日のために、さくらさんはデザートのブラウニーをこっそり焼き、
ももさんと一緒にホールの飾り付けを さ・さ・さ・・・とこっそりします。
今年は、ひまわりさんを驚かせたい!ということで、
前日から本番直前まで、ホールのカーテンを閉め切って、
『たちいりきんし』の看板も出しました。
覗こうと思えば覗けるけど、こんな準備がこどもたちのわくわくをかき立てます。
そして、各クラスの出し物の準備にも余念が無く、
さくらさんは、大好きな歌『虹のむこうに』を ももさんは、手遊びの『しずかな森かげに』を披露。
もちろん、ひまわりさんはオリジナルバージョンの劇『わんぱくだんのペンギンランド』を熱演しました。
それから、わたしたち先生チームの今年の出し物は、
定番の『思い出のアルバム』を善隣バージョンに替え歌して、コメディータッチに動きを付けたものと、
ようこ先生お薦めの『おおきくなって』を歌うことにしていました。
これが困ったことに、絶対に涙を誘う歌なのですが、
『思い出のアルバム』で笑いを取っておけば、その勢いで、笑顔で大きな声で歌える、と思っていました。

そして、本番。
大うけのはずの『思い出のアルバム』は、意外にも、こどもたちはキョトンとした表情で、
お手伝いのお母さんたちは、何故かその時点から涙だったとか。
さて、2曲目。
「歌詞をしっかり伝えようね。」と、朝、先生たちに言っていたはずのわたしは、
不覚にも、途中から歌えなくなってしまいました。
だって、端っこに座っていたちーちゃんが、右手で涙をぬぐっているのですもん。
ううううううう・・・・と、全く声になりませんでした。
ああ、恥ずかしい・・・
それに、卒園をさみしがっているこどもたちの前でわたしが泣いちゃうなんて・・・
ごめん、ごめん・・・そう思いながら、楽譜で顔を隠し、
ちゃーん・ちゃーん・ちゃーん と、お辞儀をした後は、知らん顔で笑ってみせました。

その後、ちーちゃんの所に駆け寄ったら、
「ずっとここにいたい!」と、思いのたけを言葉にしてくれました。
「ずっとここにいてほしい!」わたしも、後ろからちーちゃんを抱きしめながら、言ってしまいました。

そうです。こどもたちを送り出さなければならないことは、
もっと一緒に過ごしたい・・・、もっと何かしてあげられるのに・・・、という思いにかられてしまい、
とても寂しくて、いつも卒園式を終えた後は、脱力感で呆然としてしまうのでした。
でも待てよ、と思いました。
もっと何かしてあげられる・・・なんて、高慢・・・
その時がきたら、「わたしの役目はここまで。」と、限界を受け入れ、
「わたしにできないことがたくさんある」と、謙虚にならなければ、と気づかされました。
そして、次のステージでこどもたちは、もっと成長していく、
と、こどもを信じて、手放すことが大切だと思いました。


そんなこころぞなえをして臨んだ卒園式。
かわいくていとおしくて仕方の無いこどもたちのことを
悲しい涙ではなくて、言葉に表せないたくさんの思いの詰まった少しの涙で見送ることができました。
と言っても、「あれで少しですか?」と、後で呆れられたのですが・・・・

それにしても、我が子を幼稚園に送り出した日から、少しずつ手放すことを経験してきたお母さんたち。
だからこそ、こんなに成長して堂々と壇上に立っている我が子を前にして、
感動の涙が溢れておられました。
「わたしが善隣を卒園できない。」
と、心境を伝えてくださる方もおられました。
それほど、お母さんにとって、幼稚園の存在は大ききかったんだなあ、と改めて思わされました。
わたしにとっても、こどもが出会う喜びや痛みを共に分かち合ってきたお母さんがたとのきずなは強く、
このお母さんがたを手放す寂しさを感じる程でした。

ところで、「ずっとここにいたい。」「そつえんしたくない。」と、あれ程心配顔だったこどもたちは、
卒園式では、きりっとした表情でした。
例年は、修了証書を渡す時、長くなりすぎるので最初と最後の人の文章しか読まないのですが、
練習の時、「なんでよまないの。ぜんぶよんでよ。」と、なおきくん。
みんなもうん、うん、と頷いていました。
それじゃあ仕方が無い、と、本番では、ひとりずつ大きな声で読み上げてあげました。
型どおりの難しい文体なのですが、真剣なまなざしでまっすぐにわたしを見つめて聞いていました。
そして、しっかりと両手で受け取って、お母さんのところに渡しに向かっていました。
その足取りの力強かったこと。
こどもたちは、ひとつひとつの経験を自信に変えて、一歩一歩前に向かって進んでいることを感じました。
そしてわたしは、最後にひとりひとりに聖書を手渡して送り出しました。

善隣のよいところは、手放したらおしまい、ではなくて、
また、いつでも帰ってくることのできる教会や教会学校がある、ということです。
まるで親子のように、離れているけど、つながっていることができるのです。
これからも、このかわいいわたしのこどもたちのことを祈って待つことのできる楽しみが、わたしにはあります。





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[ 2014/03/20 17:10 ] 保育 | TB(-) | CM(-)