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親子登園日

「直子先生、雨です!」
「えーーー?!」
雨だった去年の記憶がよみがえる中、晴れバージョンで準備を進めてきたのに、突然の雨・・・
とりあえず、園庭に並べた机を屋根の下に入れて、祈りながら他の用意を進めたのでした。
そして、わたしたちの願いが届いたのか、結局雨は上がり、
幼稚園全部を使った『親子登園日』の行事を行うことができました。

親子で手形を取ったり、工作をしたり、木工をしたり・・・
2人で相談しながら思い思いに遊んでいる姿は、とても微笑ましいものです。
昨年は、ママとの参加だったけど、今年はパパが一週間前からお休みを取って参加してくださった方。
途中でお仕事のお電話をされたり、とてもお疲れのご様子でも、最後までこどもに寄り添ってくださった方。
パパやママといつもの幼稚園で、いつもとは違う時間を過ごせたことは、
こどもたちにとって、またひとつ、楽しく豊かな経験になったことと思います。

毎年、保育者が工夫を重ねた工作コーナーを設定するのですが、
そんなものには興味も示さず、いつもの粘土や、いつものお絵かきや、いつもの絵本を
楽しんでいる親子もおられます。
それぞれに心地よい空間と時間を作っておられるようで、それもうれしいものです。
また、各コーナーを一回りしたら、いつものどろんこ遊びを控えめに始めるももさんたちもいました。
「いつもこの遊びが大好きなんですよ。」
「そうなんですか。」
パパもいつもの我が子の園での様子を感じて、うれしそうに見ておられました。

クラスごとの遊びの時間も、みんなちょっと緊張しながらも、こどもたちを囲んでとても楽しそうでした。
もも組やさくら組は、『ロンドン橋おちた』や『ジャンケン列車』など、こどもたちを楽しませることを主にしたゲームでしたが、
ひまわり組となると、親と子がチームに分かれて、手加減なく『ボールおくりゲーム』に白熱していました。
もちろん、親チームが優勝して「イエーイ!!」と、大はしゃぎ!
こどもたちは、唖然としていました。
そして、最後は親子でおなかでボールを挟んでチーム対抗リレー。
ボールの運び方にも個性が出て、大盛り上がりでした。

プログラムの最後には、恒例の園庭でのお集まりをしました。
みんなでダンス!みんなで歌!園長のあいさつの後、みんなでお祈り。

パパ、ママ、お疲れ様でした。そして、どうもありがとうございました。
みなさんが、善隣幼稚園を選んでお子さんを送ってくださったから、
こどものこどもらしい、そして、その子らしい空間と時間をここで作ることができています。
これからの毎日もそのような幼稚園であり続けたいです。
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[ 2015/06/15 13:54 ] 保育 | TB(-) | CM(-)

不純物

「なおこせんせい、すながとれないよう!ももさんがいれたんだよ!」
カメのチョコのお世話をしていたお当番のこうやくんときなこちゃんは、
ベビーバスに溜まった砂を一生懸命に取り除こうとしていました。
でも、何度もたわしでベビーバスの底をこすっては流して、と繰り返しても、
砂は残ってしまうことに悩まされていたのです。
わたしは、ベビーバスを斜めに傾けて、砂を水で流しやすくしてあげました。
ふたりは、ももさんが砂を入れたから・・・・などと、ブツブツ言いながらも、
砂粒が、ひとつも見えなくなるまで掃除をしていました。

砂場道具を洗って片づける時も、
こどもたちは、大抵どろをきれいに落として、
ピカピカになるまで洗っています。
ついでに水遊びも楽しんでいるようにも見えますが、
汚れを取り除き、ピカピカにしたい、という思いが強いことを感じます。
おとなのわたしたちは、「大体でいいんじゃない?」とか、
「適当でいいよ。」と、言いたくなるのですが、
こどもたちは、完璧に『不純物』を取り除こうとするようです。

何故でしょうか・・・

もしかしたら、こどもには『きれいなもの』を求める性質があるのかもしれません。
それは、こども自身が、純粋で無垢だからかもしれません。
『不純物』をとりのぞき、そのもの本来の姿を見ようとするのかもしれません。
一方でわたしたちおとなは、どこかで身に着けてしまった偏見や思い込みに支配されているようです。
これくらいでいいだろう、とか逆にこれくらいできないといけない、などと、
勝手に自分で水準をきめてしまいます。
根拠もないのに・・・・偏見や思い込みであることもしばしば・・・。
それは、上手く生きていくためには必要なことかもしれません。
でも、わたしが困るな、と思っているのは、
例えば、こどもを見る目です。
おっとり優しいから『いい子』
やんちゃで落ち着きがないから『悪い子』など、
その子本来の姿を知ろうとするよりも、大雑把な主観でレッテルを貼ってしまいがちです。
でも、そんなことをして何か良いことがあるでしょうか。
それよりも、こどもたちの目線のように、
その子本来の姿を見ようと努力するほうが、
一人ひとりの持つ個性に気づかされ、
お互いの可能性が広がり、豊かな明日に出会えるのではないでしょぷか。

こどものような純粋で無垢な感性をかつてはわたしたちも持っていたのですから、
こどもたちからもう一度、学ばせてもらいたいなと思います。







[ 2015/06/07 22:50 ] 保育 | TB(-) | CM(-)


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