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大冒険

夏休み。
幼稚園を離れて、両親の待つ広島へいちもくさん!
宮島の浮かぶ瀬戸内海を見下ろせる実家に帰ると、
のーびのびとした開放感に包まれます。
両親と取り留めも無いおしゃべりを楽しむ中で、
わたしは、ひとつの思い付きを両親に話してみました。
「こさくら保育園に行ってみたい・・・」
それは、わたしが小学1年生の1学期までを過ごした東海田町にある
当時通っていた保育園です。
おぼろげな記憶の中にある海田時代の思い出をたどってみたくなったのです。
「行こう行こう!」
35度を越える暑さもひと夏の思い出、と、
父とふたり、小さな冒険に出かけることになりました。

40年以上経った東海田は、すっかり変わっていました。
父が作ってくれた砂場のある借家のあった場所には、
大きな道路が通っていました。
少し寂しかったのですが、変わったということは、
住む人も増え、町が発展している、ということですからよかった、とも思いました。
そして、もっとうれしかったのは、
地域の案内に、たくさんの幼稚園と保育園の名前があり、
その中に『小さくら保育所』という名前をみつけたことでした。
歩いてたどってきたわたしたちにとっては、かなりの距離に思えましたが、
ここまで来たのだから行ってみよう!ということになりました。
お盆で、1件だけ開いていた地元の中華料理やさんに入り、冷麺を食べながら、
お店の人に『小さくら保育所』への行き方を尋ねてみました。
すると、ラーメンをすすっていたお客さんが、
「知っとる、知っとる。・・・・えーっ!歩いては大変じゃ!・・・・お姉さん、乗せてったげるよ。」
海田の人は、なんて親切なんでしょう。
迷いながらも、父とわたしをなつかしい保育園に届けてくださいました。
保育園と思っていましたが、正確には、保育所でしたが。

さて、乗せてくださった車を見送っていると、見かけないわたしたちに、
「何かあったんですか?」と、不審そうに話しかけるご婦人がおられました。
そこで、実は卒園生で、今は東京で園長をしている、という話をすると、
一気に歓迎してくださいました。
そして、自分はここで子どもの頃から育ち、保育も手伝っていたこともある。
この自然の中で遊べるのは、とても素晴らしいと思う、といきいきと話されました。
実は、小さくら保育所は神社の保育所です。
ですから、階段を30段くらい登った森の中に保育所はあって、
森の坂道を駆け回ったり、木登りをしたりと、
わたしもきっと、毎日、冒険をしていたのだろう、と思うと、
とてもうれしくなりました。
それから、園長先生も出てきてくださって、園舎の中も案内してくださいました。
暑い暑い園庭は、思っていたよりも小さかったし、
友達と歩いて通っていた田んぼのあぜ道は、住宅地になっていましたが、
小さいわたしを養ってくれた空気をなつかしく感じました。
これからも変わらずに、こどもたちを育んでいただきたい、と祈りました。


さて、この夏の、わたしのまさにアドベンチャーは、
息子とふたりでラフティングをしたことです。
主人の故郷の熊本・人吉の球磨川で大冒険をしました。
わたし以外は、はたち、ということで、随分ハードなコースだったと思うのですが、
中でも挑戦的だったのは、4メートルくらいの崖からの飛び込みでした。
男の子たちは、何と言うことも無く、もっと高い所から、
ザッバーン!!と飛び込んで見せるし、
インストラクターの人も、「ハイ、どーぞ!」と、笑顔なのですが、
いざそこに立ってみると、こわ~い・・・だめ~できない~高所恐怖症なんです・・・
と、言い訳が口をつきました。
じゃあ飛ばなくてもいいのだけど、せっかくだしやっぱり飛びたいのです。
それで、随分考えて考えて・・・・飛びました。
ザッバーン!と。
でも、考えても答えがでるものではないのです。
飛べた。おもしろい。それだけです。
で、もう一回飛び込みました。
今度は、顔と胸を強く打って、フラフラになりましたが・・・
3時間の大冒険は、やってみなければわからないドキドキがいっぱいでした。


最後の、もうひとつの大冒険については、
また、機会があれば語りましょう。



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[ 2013/08/23 22:48 ] 保育 | TB(-) | CM(-)


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