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ねばねば、べちゃべちゃ、どろどろ

7月19日の最終日まで、園庭では、どろんこ遊びが繰り広げられていました。
滑り台の下では、どろどろのおだんごが、
みるみるうちに、さらすなをまとって、つるつるのおだんごに。
たいこばしの近くでは、ももさんたちが頭を寄せ合って、
どろんこケーキやどろんこのごはんを作ったり。
もちろん、砂場でもどろだんごを作ったり、
穴を掘っては水を流したりと、忙しそうでした。

「えんぴつはうすであそぼう!」と、誘ってくれたりゅうとくんと一緒に、
みーちゃんと3人で、滑り台で遊んでいたわたし。
「確かに、滑り台がえんぴつでできてるように見えてきた。」
と、みーちゃんと感心しながら、変な滑り方を楽しんでいました。
でも、本当は、いろんな場所で繰り広げられている遊びを
全部、のぞきたい気分でした。
いつもそうなのです。
もちろん、一緒に遊んでいる人との時間は、かけがえがなく、
とても楽しいのですが、
わたしの存在を消して、透明人間になって、
こどもたちのありのままの世界に入り込みたい、といつも思います。

ところで、そんなわたしが、最近、とても気になっていたのが、
門と、ニセアカシアの木と、水道の間で繰り広げられているどろんこあそびでした。
ここで遊んでいる人たちは、
あの『等々力渓谷づくり』にはまっていた面々。
わたしも知らないうちに、新しい遊びを開発していました。
まずは、掘った穴にかぶせた三角コーンに、水を一杯に入れたペットボトルを突き刺す、
というところから始まります。
ペットボトルの水は、ボコボコと大きな気泡を作りながらコーンの中に吸い込まれていき、
次第に下からしみじみと溢れだします。
水がなくなったら、大慌てで同じ事をくりかえします。
そうこうしながら、ニセアカシアのごつごつとした根っこの部分に、
黒い土をスコップで塗りこみ、その上にも水を流し始めます。
すると当然、流れ出した水は、大きなみずたまりになり、
門の下の溝に流れ落ちていく、という仕掛けです。
この遊びを梅雨あけから毎日続けているので、溝はどろだらけ。
でも、わたしもこどもたちも、そんなことはどうでもいいのです。
ですが、正直な話、わたしはこのあそびをブログでも紹介したいので、
どこがこの遊びのポイントなんだろう、と不思議に思って聞いてみました。
でも・・・・
「つちがながれるのがおもしろい。」
確か、そんなことを言うだけでした。

そして、17日のことでした。
朝、いつものように、『つちがながれるのがおもしろいあそび』をしている人たちを
太鼓橋のところから眺めていると、
「なおこせんせい、みて!!」
(もう見てるよ)と思いながら、「うん。」と目を合わせると、
バンビと呼んでいるプラスチックの鹿の置物をさかさまにして、
その中にどろをいれながら、にこにこしていました。
(気づかないふりしてたのに、しょうがない・・・ごみばこみたい・・・)
と思いながら、黙って変な顔をしておきました。
さて、お片づけの時間。
身の回りの物を片付けてから、例のところに行ってみました。
するとなおちゃんが、
「わしきといれ。」といいながら、
さかさまにしてごみばこのような形の所に黒いどろをおもむろに置いて見せたのです。
「うっ・・・・」と、本気で口を覆い、目をそむけたくなるような光景でした。
隅の方で、かーくんは、気持ち悪そうに向こうを向いて立っていました。
そして、「すいせんといれ」と言いながら、ペットボトルの水を流してみせました。
もちろん、このバンビはさかさまで立つことはできないので、
まこちゃんとたつくんとたいがくんがしっかりと支えているのでした。
わたしは、もうおかしくって、気持ち悪くって、そして感心して言葉がありませんでした。
「ぜんりんようちえんで、こんなことした人いないよ!すごいよ!」
正直、尊敬とあきれる気持ちの両方でした。
そして、「今日、母の会があるから続きができるね。今は片付けよう。」
とか言いながら、一緒に片付けたのでした。
もし、あの時片付けなくてよかったなら、わたしは介入しなくてよくて、
こどもたちのあそびは、どのように展開したんだろう、と、
興味と、残念な気持ちがあります。


さて、昨日までの2日間。
先生たちみんなで、恒例の研修に行ってきました。
そこで学んだ『ねばねば、べちゃべちゃ、どろどろ』の話を聞いて、
すぐに思い出したのが、この『わしきといれあそび』でした。
講師の肥後功一先生は、こどもは嗅覚・触覚・味覚などの、
『近感覚型のコミュニケーション』を通して、心の安定を得、
からだを寄せながら、自分の気持ちや相手の気持ちに気づいていくということを
わかりやすく教えてくださいました。
それは、本来わたしたちが普通の生活の中で得てきたものなのですが、
現代は、ものごとを理屈でわからせようとしたり、
きれいできちんとしていることが良いことのような風潮が広がっていて、
こども時代に向き合うべき『リアリティ』の世界がなおざりになっているのでは、
ということでした。
確かに、排泄も食事も寝ることも、生きるための現実は、
『ねばねば、べちゃべちゃ、どろどろ』で、そこからエネルギーがあふれでるのです。
ですから、こども時代にしっかりと自分の現実に向き合うことが出発点だと思います。
付け加えると、その『リアリティ』の土台の上に
『言葉の出現』によって、視覚・聴覚などによる学習がなされ、
より文明的により良く生きる力がついていく、と教えてくださいました。
ちなみにそちらを『さらさら、きらきら』と表現されたのですが、
幼稚園でも、『どろどろ』抜きで、
『さらさら』にいきたがる傾向があることに気づかされました。

こどもたちは、みんな何かしら不安や課題を抱えているものですが、
善隣で、どろんこあそびに夢中になり始めると、
たいてい落ち着いてきて、課題を乗り越えていきます。
わたしは今までも、この柔らかい、何にでも変わってしまうどろんこであそぶことは、
幼児期に何よりも大切、と思ってきましたが、
その理由がまたひとつはっきりしました。


夏休みは、わたしも幼稚園を少し離れて、『さらさら』の世界にでかけてきます。
こどもたちは、どんな夏休みを過ごすのでしょうか。
9月の再会が楽しみです。




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[ 2013/07/26 16:21 ] 保育 | TB(-) | CM(-)

ひまわりにんじゃ!にんにん!

あせもと虫さされの跡をおみやげに、お泊り旅行から帰ってきました。
24人のひまわり組と、7人の先生達全員で、
忍者の修行をしてきました。

おそろいのオレンジ色の善隣Tシャツは、
忍者たちの熱気を表しているようでした。
でも、まずは、お母さんから旅立つ、という修行をクリアしようとしている人もいました。
「やっぱり、寂しいようです。」
「そうですね。気持ちを上げていきますね。」

「いってきまーす!!!」
お母さんたちの笑顔に見送られて、いざ出発!
バスに乗り込むと、みんなの気持ちはすっかり晴れ上がっていました。
見慣れているはずの環八の風景も、
いつもと変わらないようなおしゃべりも、
すべてが新しく、楽しく、輝いているようでした。
こどもたちにとって、修行は楽しい挑戦です。
それで、だれかが「ひまわりにんじゃ!」と、声をかけると、
「にんにん!」と、みんなで返すのが、
いつの間にか、合言葉になっていました。

みんなで泊まることにした東山荘は、すばらしい所でした。
緑のじゅうたんを広げたような広場に、ゆうかちゃんやちいちゃんと寝そべりました。
「そらにさかだちしてるみたい。」と、ちいちゃん。
確かに、緑の芝生がまぶしくて、そっちが空で、空が地面のような感覚でした。
向こうの方では、探検を始める人、駆け回っている人もいました。

それから、グループ毎に山の中を探検して、発見したことを発表しあいました。
珍しい虫やはっぱを見つけたことに混じって、
女の子が「いけない」と渋ったくもの巣の道を
「じゃあ、ぼくたちがかわる。」と言って先を歩いたたつくんとこうせいくんの話など、
友達のかっこいいところを発見できた探検だったようです。
探検から帰って来てのすいか割り。
みんな、これでもかあ!というほどの力で、すいかをボカボカ!
シェイク(?)したようにやわらかくなったおいしいすいかに
顔を付き合せてかぶりつきました。

さて、宿泊したロッジですが、予想以上の大興奮!
「なおこせんせい!たのしいよう!」と、目をキラキラさせて、なおちゃん。
ロフトの柱にさっそくよじのぼるまみちゃん、ひろこちゃん。
・・・東山荘の宣伝ですね。・・・でも、本当に最高の環境でした。

「自分のことは自分でする」
当たり前でも、こどもたちにとっては、とても大切で、難しいことだと思っていました。
それを、とてもよくがんばっていたのが印象的でした。
後で、お母さんたちに「家でもそうですか?」と、尋ねると、「いいえ・・・」
やっぱり、力は持っているのに、発揮する機会がないのかな?
おふろでも、身支度でも、力を発揮していましたよ。
やるべきだ、と、ちゃんと自分でスイッチを入れるみたいです。
ついでに、大きな湯船では、誰に聞くこともなく、泳ぎ始めていた女の子たち。
「人魚みたい・・・」と、みとれてしまいました。
男の子は、というと、ドッボーン!!!ドッボーン!!!
「はじめてとびこんだよ!」と、大喜びでした。
こんなこと、今日だけ。
だれも言わないけど、わかっているんだと思います。

リトミックでシュミレーショ(?)をしたキャンプファイヤー。
暗闇から小さな灯。そして、大きな炎へ。
お話と歌と踊り、花火、おまけにサモア(マシュマロを焼いたおかし)まで楽しみました。

翌日も、楽しさで目が覚めてしまったのか、5時半頃から動き始めた人も。
みんなで山道を探検して、雲の上に浮かぶ富士山を眺めながら、
「ふじさんアイス(バニラアイスですが、その場で名づけました)」を食べました。
最後の時間を過ごした広場では、すでに、自分達の庭のようにして、
思い思いに遊んでいました。


書き切れない程の楽しさや発見や感動の詰まった旅行でした。
そして、わたしの気づいていない楽しさや戸惑いもたくさんあったことでしょう。
お母さんから離れた一泊二日の修行は、
こどもたちにとっては、とても長い時間だったと思います。
そして、実は、ひまわりさんになった時から、
その修行は始まっていたのです。
ひとつひとつの遊びの上に、ひとりひとりの関わりあいの上に、
時間をかけて育まれていった、こどもたちの力が、
あのような環境の中で、確かに見えました。
幼稚園に帰ってきて、お母さんたちの前に揃ったこどもたちの表情の中に、
確かに見えました。

[ 2013/07/15 11:36 ] 保育 | TB(-) | CM(-)


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