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秋のめぐみ

一週間前の雨で延期した焼き芋会。
今度こそ!と張り切って蒔を運び始めていたら・・・あめ・・・
んーお芋、焼けるかなあ・・・?
ちょっと不安になってきましたが、チャンスは今日しかないので、
だいじょうぶ、だいじょうぶ、と自分に言い聞かせながら、
準備に励みました。
もしも、このまま雨が続いても、なんとかたきびを燃やして、
お芋を焼けば、こどもたちにお部屋で食べさせてあげることもできるし・・・
たきび担当の主人とそう話しながら予定通り進めていると、
雨もほとんど上がり、いつの間にかひまわりさんから火の周りに集まってきていました。
その日は、吐く息も白くなるような冷たい日だったので、
赤い炎のぬくもりが体にしみるようでした。

お手伝いのお母さん方の助けもあって、
結局、予定よりも早くお芋を焼く準備が整い、
こどもたちが一人づつお芋を炭火に向かって投げ込みました。
それから40分。
炎と煙を真ん中にして、こどもたちはいつものように遊んでいました。
たきびの蒔は、すべて園庭の木の枝なのですが、
それらを運び出した時にころがったいが栗を足で割ったりして遊んだりもしました。
この、火のそばで過ごす時間が、わたしはとても好きです。

そして、いよいよ焼き芋のいいにおいがしてきて、こどもたちの手に、
ほかほかの黄色いお芋が手渡されました。
さっそく頬張るこどもたち。
黒くこげた皮もなんのそのでかぶりついている人もいました。
空気の冷たさが、あったかい焼き芋を一層おいしくしているように思いました。
その後、マシュマロを炭火で焼いて、クラッカーに挟むサモアも食べました。
白いマシュマロがきつね色になってトロンとするのを待つのも楽しいものです。
焼き芋4個(半分に割っているので2個分ですが)にサモアを8個。
その上、持ってきたおにぎりを食べてもおなかがすいたあ、と言いながら、
その日は、一日中、火の周りで食べたり遊んだりしてとても楽しかったと思います。

火が消えて、最後に残った小さな炭の片付けを一緒にしながら、
「このすみ、どこからきたの?」と、れいちゃん。
「えっ?あの木の枝を燃やしてできたんだよ。」
「えーーーーっ!」
すべてが感動と驚きの楽しい一日だったことでしょう。


さて、これが月曜日のことでした。
そして、木曜日は、一ヶ月延期していた野菜収穫遠足に行ってきました。
畑では、今年は日照りで作物が育たなかったそうで、なんとか11月も終わりの時期に
間に合わせてくださったのでした。
歩いて40分の道のりですが、いつものペアで手をつないでみんなで歩けばなんとかなるもの。
畑に着いたときには、みんな目を輝かせていました。
小松菜を収穫させていただき、たくさん採った人もちょっとだけ採った人も
みんな満足して、袋をリュックに入れていました。
その後、広い畑を探検して、野菜の名前を教えてもらったり、
虫やかえるをつついたり、腐葉土の山に登ったりして、
もうずーっとここで遊んでいたい!という感じでした。
でも、そろそろ帰途につかなければおなかが空いて歩けなくなってしまうので、
名残惜しみながらもさようならをして、歩き出しました。
歌を歌ったり、なぞなぞをしたり、おしゃべりをしたりしながら、
いつの間にか幼稚園に着いていました。
こどもたちの歩く力は、付くと思ってやれば、付くものだ、と改めて思いました。

園に着いたら、採り立ての小松菜を 作っていただいていた豚汁にさっと入れて、
おにぎりと一緒にみんなでいただきました。
「いただきます!」と言ってわたしが豚汁の大鍋の前に腰を下ろしたら、
「おかわりください!」と、すぐにおわんを差し出してきました。
豚汁のおいしさもひとしおだったことでしょう。

多くのおとなの人の協力をいただきながら、
秋のめぐみを体で受け取った一週間。
来週からは、冬に近づいていくのでしょうか。
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[ 2012/11/24 00:07 ] 保育 | TB(-) | CM(-)

空間

善隣は、とても小さい幼稚園です。
ここに来た当初は、この狭さに驚きました。
「さすが東京だね。満員電車に揺れる練習をこどもの時からやってるんだよ。」
主人はそう言って納得していました。
そうです。愛知のひろーい所から来たわたしたちからすると、
こどもひとりが自由にできる空間が、とても狭いのは、
人と人との距離がとても近い、ということで、
それなりに、意味のあることではないか、と思うようになりました。

実際、園庭では白線で描いた道路を車が走り、
その脇ではおうちごっこや、レストランごっこが始まっていて、
そこここでしゃがみこんで、どろだんごに熱中している人たちもいて、
鉄棒や太鼓橋には、技の練習で何人もぶらさがっていて、
砂場では、溝を掘って水を流すために水くみに行ったり来たりする人たちがいて・・・・
これに、滑り台とブランコを基地にしたどろけいが始まると、
テラスを開放して、どろけいはテラスにいこう!と、なるわけです。
とにかく、ジグゾーパズルのように、庭の空間をみんなで分け合って遊んでいます。
これを制限と取るか、我慢と取るか・・・・
でも、こどもたちの表情は、とてもいきいきとしているのです。
「今、いろんな遊びをしてるでしょう。だから、どろどろは、ここだけにしようね。」
とか、「道路は、これくらいなら大丈夫かな。」などと話し合いながら、
折り合いを付けることもありますが、
こどもたちは、自分がしたい遊びをするためには、
他の人の遊びも尊重しなければならないことを 肌で学んでいくようです。
それでも、遊具の取り合いや仲間に入れてもらえなくて泣き出す、とかはもちろんありますが、
必要に応じてわたしたちも手助けしながら、
うまい人間関係を作っていく過程をまじかで見たり、感じたりしていることも、
狭い空間で生活している利点かな、と思います。
そう言えば、昔の庶民は狭い家に大家族が暮らしながら、
折り合いをつけたり、助け合い、分け合いながらたくましく成長していったのでしょうから、
「大きな家族」のような、小さく温かい社会である善隣が、
みんなで肩を寄せ合って生活しているのは、とても自然なことだなあ、と思っています。

室内でもまた、空間を分け合う工夫が必要で、
ホールでは、毎日違った形のおうちごっこが繰り広げられ、
それとぶつからないように、ブロックの電車が走り回り、
箱積み木の駅が作られていきます。
階段をお城に見立てて、下の方にお姫様が横たわっていたり、
玄関でも、おうちごっこやくるまやさんごっこでわいわいしていたりします。
保育室には、製作を楽しむコーナーを作っていますが、
そのすみっこで「こまやさん」と称して、
折り紙で作った複雑なこま(わたしは作れません)を売るお店を準備している人たちがいました。
「こっちでやれば広いよ。」と誘うと、
「ここがいい。」と、かおちゃん、ちーちゃん、みーちゃん。
そこでわたしも入ってみると、確かに居心地がいいのでした。
いすとタオル賭けに囲まれた狭い空間が、互いの親密さを高めているのかもしれません。

幼稚園時代にたくさん遊び、たくさんぶつかり合い、
一緒にたくさん経験しながら、その空間をいかにお互いの良い場所としていくかを
学んでいくように思います。



[ 2012/11/17 15:37 ] 保育 | TB(-) | CM(-)


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