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保育の生命線

お帰りのとき、今日のできごとをお母さんにお伝えしています。
驚いたことに、新任の先生にとっては、
何を伝えれば良いのか、わからないのだそう・・・・・
もちろん、体調の変化、けがをさせてしまったことなどは当然お伝えするのですが、
そのような、困ったことがなければ、
何も話題がなく、それこそ困ってしまうそうで、
園長は、そんな先生に困ってしまうのでした。

じゃあわたしは、お母さんに何を伝えているかと言うと・・・・
「今日ね、おもしろかったんですよ。
 お弁当の後にね、るかちゃんと、まいちゃんと、なぎちゃんが玄関をおうちにして、
 おうちごっこをしてたんです。積み木を並べてね、れみ先生と作ったベビーカーも持ってね。
 でもそこに、ひまわりぐみの男の子たちがやって来て、
 自分たちがここで遊んでいた、と強い調子で主張し始めたんです。
 わたし、どうするかなあと思ってみていると、
 るかちゃんが、『るかたちがはじめに遊んでたんだよ!』と、きっぱりと言い切ったの。
 がんばれえ!と心の中で応援してたんだけど、まいちゃんとなぎちゃんは、
 ベビーカーの中で寝たふりなのね。
 るかちゃん、ちょっと考えてから、
 『おひっこしすることになったよ』と箱積み木を片付け始めたの。
 まいちゃん、なぎちゃんも起き上がって、ベビーカーに積み木を積み込み始めてね。
 3人で楽しそうにホールにお引越ししたんですよ。
 『えーー?!それでいいの?』と思ったんですけどね。・・・・・
 るかちゃん、強くなりましたね。」
お母さんも嬉しそうでした。

こどもたちと生活していると、
その言葉、しぐさ、行動すべてに思いが表れていて、
しかも、日々変わっていくので、
わたしは、おもしろくてしかたがありません。
だから、このおもしろさをお母さんに伝えたくなるのだと思います。
余談ですが、おとなである保育者を観察したとしても、
きっと、おもしろいとおもうのです。
そしてそれを そのお母さんに伝えてあげたら・・・・

人間て、やっぱりおもしろいんですよね。

脇道にそれましたが、卒園生のお母さんがおっしゃいました。
先生がうらやましい、と。
親と離れて過ごす幼稚園で見せるこどものおもしろくもすばらしい姿を
ご自分も見てみたいと思われるのだそう。
でも、それは難しいのです。
お母さんと離れて、一人の人間として、集団の中で生活しているからこそ
自ら決断し、行動しているのですから。

だからこそ、わたしたちはお母さんにこどもの園での姿をお伝えしなければなりません。
こどもの発することば、行動、友達とのあそび・・・・
すべてにその子からのメッセージが込められているのです。
ただ、そのメッセージを推理しようとしているのではなく、
おもしろいなーー!と思って受け止めると、自然と意味が見えてくると言う感じ。
そして、それをお母さんにお伝えすることによって、
こどもを育てる時、何を大切にすべきかをお伝えすることにもなるのです。

わたしは、保育者間においても、
こどもの姿を一緒におもしろがり、伝え合うことが大切だと思っています。
それによって、善隣が何を育てようとしてるかがはっきりとしてきます。
『伝え合う』ということことがなくなった時、保育は死んでしまいます。

「おもしろかったんですよー。後で、お茶の時話します!」
こどもたちを見送って、かなこ先生が目を輝かせて言いました。
そして、お茶をしながら、ホールで繰り広げられた『魚釣りごっこ』の様子を
楽しそうに伝えてくれました。
善隣の『保育の生命線』が、序序に広がっていることを感じています。
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[ 2011/05/22 18:37 ] 保育 | TB(-) | CM(-)

涙の理由?

大好きなお母さんと「さよなら」して、
幼稚園に入っていくこどもたちの気持ちを考えます。

「ママーーーーー!!!!」
「いやだーーーー!!!!」
「ママ、いまきてーーーー!!!!」
ぼくを置いて、去って行ったママは、ぼくのことを嫌いなのではないか・・・・・
そんな、絶望的な嘆きにも聞こえて、
一緒に泣きたくなります。
こんな悲しい思いまでさせて、幼稚園に来る意味はあるのでしょうか。

「ママ、いまきてーーーー!!!!」と、悲痛な叫び声をあげた男の子に、
「ママに遊んでいるところを見てほしいの?」と尋ねると、
小さくうなづきました。
うーーーん、どうしようかなあ、
その言葉を鵜呑みにして、お母さんに来てもらっても、
多分、泣いて帰りたがるの繰り返しだろう。
でも、確かに今まではお母さんのまなざしの中で、安心して遊んできたのです。
お母さんのいない世界は、きっと外国と同じで、不安なところにちがいありません。

わたしは、泣きそうになりながら、その子と一緒にかんがえました。
「うーーーーん。ママに遊んでるところを見にきてってお電話しようか。」
それで納得するかな、と安易に考えていたら、無反応。
でも、だんだんと、泣き止んでいました。
「うーーーーん。」
わたしは、考えながらも、少しづつ男の子から離れてみました。
すると、男の子は園庭の真ん中に立ち尽くしながら、遊んでいる仲間たちをゆっくりと眺め始めました。

もう大丈夫、わたしは思いました。
ママの姿は見えなくても、心の底にママのぬくもりを覚えているこどもは、
自分自身の目で、新しい世界を眺め始めると同時に、
心の目を開くのです。
こうして、不安と好奇心の入り混じった、スリルと興奮の園生活は始まりました。

こどもの涙は、ことばだと思います。
とても複雑な意味が込められているので、簡単には読み取れませんし、
「泣いちゃダメ。」と我慢させることが良いとも思いません。
ことばにならない心の痛みや戸惑いを 
その子と一体となるような感覚をもって感じ取っていきたいと思います。
そのこどもの涙の意味に寄り添えれば、その子は、安心して新しい一歩を踏み出します。
こどもには、すごい力が備わっているのですから。

大好きなお母さんと「さよなら」の涙をながしてまで
幼稚園に入っていくこどもたちは、
涙の意味をわかってくれる保育者と仲間との出会いによって、
成長していきます。

[ 2011/05/07 18:37 ] 保育 | TB(-) | CM(-)


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